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JEEADiS Blog

エストニアの2020年侵害事例が示す政府システムの課題、オープンAI時代に問われる国家のレジリエンス

10/5/2026

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​2026年9月に公表されたデジタル庁のガバメントソリューションサービス(GSS)への不正アクセス事案が話題になっています。また、それと同時期に起きている民間企業や公的機関における情報漏洩事案に対しても、多くの懸念が上がっています。

デジタル庁の事案については、別の個人ブログ『デジタル庁GSS事案から考える「政府共通基盤の責任と権限のアーキテクチャ」』で具体的な改善案等を提唱しています。

上記のブログで解説している通り、今回の事案を考える上では「どのようなセキュリティ技術を導入すれば攻撃を防げるのか」という問題だけではなく、「侵入された場合に、どのように被害を限定し、事実を把握し、責任を追跡し、再発防止につなげるのか」という、国家としてのサイバーレジリエンス(耐性や回復力)の問題が重要だと考えています。

そして、この問題をさらに重要にしているのが、オープンモデルを含む生成AIの急速な普及です。生成AIによって、公開情報やソースコード、システム構成、設定上の不備などを分析する能力が広く利用可能になり、攻撃者が脆弱性を発見し、攻撃を準備・実行するまでの時間と規模が変化しつつあります。

このような時代に、政府のデジタル基盤はどのように設計されるべきなのでしょうか。

そのことを考えるために、今回はエストニアの事例を取り上げます。

エストニアは、行政のデジタル化やサイバーセキュリティの先進国として紹介されることが多い国です。しかし、当然ながら、エストニアもサイバー攻撃を免れているわけではありません。

むしろ、政府のデジタル基盤を考える上で重要なのは、「エストニアでも重大な侵害が発生した」という事実と、その後にどのように対応し、そこから何を改善してきたのかを見ることです。

2020年11月、エストニアの経済通信省、社会省、外務省の政府ITインフラが、類似した手法によるサイバー攻撃を受けました。

Estonian Ministries Report Cybersecurity Incidents and Data Breach | RIA 

Trends and challenges in Cyber Security 4th Quarter 2020 | RIA 

後の調査では、この攻撃によって経済通信省から約350GBのデータが窃取され、社会省の関連機関ではCOVID-19感染者9,158人に関する情報にもアクセスされたことが確認されています。一方、エストニア政府によれば、国家機密(関係法令で定義されている)そのものは侵害されませんでした。

これは、エストニアの政府情報システムにとって、非常に重大な侵害事例でした。そして、この事件は「GRU(ロシア軍参謀本部情報総局)という高度な攻撃者に狙われた」という一言だけでは説明できません。
​

1.最初の問題は、エストニア側の脆弱性だった

当時のエストニア情報システム庁(RIA)の年次報告を見ると、攻撃の入口について非常に興味深い事実が記録されています。

Cyber Security in Estonia 2021 | RIA
First, the web servers were scanned. If a vulnerability was discovered through a technical .git catalogue which had remained public by accident, malicious code was uploaded through that.  (Page 14)

3つの攻撃には共通したパターンがありました。

攻撃者はまずWebサーバーをスキャンし、サーバーの設定上の弱点を探しました。その過程で、誤って公開状態になっていた技術的な.gitディレクトリからシステムに関する情報を取得し、そこから悪意のあるコードをアップロードしてサーバーへのアクセスを確保していました。侵入後、攻撃者はサーバー上で取得できるデータを持ち出し、さらに内部へのアクセス方法を探していました。

RIAは、この攻撃を「その年の最も痛い教訓」と位置付けています。

この事件を単純に、「エストニアの高度なデジタル国家が、GRUの高度な攻撃によって破られた」と理解するのは適切ではありません。

攻撃者側に高度な情報収集・攻撃能力があった一方で、エストニア側にも、Webサーバーの設定、不要な情報の公開、脆弱性管理などに改善すべき点が存在していたのです。

RIAは当時の教訓として、
  • 標準的なWebアプリケーションには古いソフトウェアに起因する重大な脆弱性が存在し得ること
  • 必要な情報だけを公開すること
  • .gitディレクトリなどからソースコードや技術情報を公開しないこと
  • システムの利用者を正確に把握すること

などを情報セキュリティ管理者に求めています。これは現在の政府情報システムにも通じる重要な教訓です。「高度な攻撃者を想定すること」と「自分たちのシステムに存在する基本的な脆弱性をなくすこと」は、別の問題です。


2.被害を発見し、CERT-EEにつないだ

では、この攻撃はどのように発見されたのでしょうか。

経済通信省では、職員が自分のコンピュータ上で通常とは異なる異常に気付きました。当初は当時広がっていたマルウェアを疑いましたが、駆除を試みても問題が解消しなかったため、エストニア情報システム庁(RIA)のインシデント対応部門であるCERT-EEに報告しました。そこで調査を進めた結果、問題は一台のコンピュータに限定されていないことが判明しました。

政府機関のシステム内部にバックドアが設置され、大量のデータが外部に持ち出されていたことが分かったのです。

RIAによれば、経済通信省から窃取されたデータは約350GBに及び、戦略文書、業務資料、職員情報、企業との通信などが含まれていました。さらに、攻撃の痕跡を分析すると、同様の手法が社会省、外務省などにも使われていることが分かりました。

社会省関連では、COVID-19感染者9,158人に関する情報が取得されました。社会省側の対応では、Health and Welfare Information Systems Centre(TEHIK)が8時間以内にシステムへのアクセスを制限しています。

ここには重要なポイントがあります。

最初の侵入を防げなかったとしても、異常を発見し、インシデント対応組織に報告し、被害範囲を調査し、他の政府機関への影響を確認することができれば、被害の拡大を抑えることができます。

サイバーセキュリティは、入口で攻撃を100%防ぐことだけではありません。


3.4年後に、攻撃者まで特定された

さらに注目すべきなのは、この事件が「侵入されて終わり」ではなかったことです。

エストニア内部保安庁(KAPO)と国家刑事警察は、その後も捜査を継続しました。

2024年9月、エストニア当局は、2020年にエストニア政府機関を攻撃した主体について、ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)第29155部隊との関連を公式に発表しました。捜査にはエストニアだけでなく、10か国・14機関による国際的な協力も関わっていました。

A GRU military unit launched cyberattacks against Estonian authorities | Kaitsepolitseiamet(KAPOによる公式発表)

その結果、当時GRU第29155部隊に所属していたとされる3人、
Yuri Denisov(ユーリ・デニソフ)
Nikolay Korchagin(ニコライ・コルチャギン)
Vitaly Shevchenko(ヴィタリー・シェフチェンコ)

が攻撃に関与した疑いのある人物として特定されました。エストニア検察の請求を受け、ハリュ県裁判所は3人に対する欠席逮捕状を発出し、国際手配につながっています。

Office of Public Affairs | Five Russian GRU Officers and One Civilian Charged for Conspiring to Hack Ukrainian Government | United States Department of Justice(米国司法省による起訴についての発表)

これは、単に「IPアドレスから犯人を特定した」という話ではありません。技術的なインシデント対応から始まり、複数の政府機関による捜査、国際的な情報共有、情報機関による分析、検察・司法手続へとつながった結果です。

エストニアの2025年サイバーセキュリティ年報では、この事案について、エストニアが国家支援型サイバー攻撃を具体的な個人まで公式に帰属させた初めての事例と説明しています。

RIA:Cyber Security in Estonia 2025


4.この事件からエストニアが学んだこと

この事案で重要なのは、「GRUを特定できた」という結果だけではありません。エストニア自身が、この事件を通じて自国の情報システムに存在する弱点を認識し、その後のサイバーセキュリティ対策に反映させています。

KAPOは2024年の発表で、国家のサイバーセキュリティを維持するためには、「人とシステムの双方に依存する脆弱性を継続的に発見・修正する必要がある」としています。具体的には、システムの近代化、セキュリティ脆弱性の定期的な修正、ネットワークの分離、多段階認証などを挙げています。

具体的な対応方法については、『デジタル庁GSS事案から考える「政府共通基盤の責任と権限のアーキテクチャ」』で紹介していますが、

エストニアはもともと、IDカード、Mobile-ID、Smart-IDなど複数の独立した(または準独立した)プロバイダがeIDAS準拠で運用されており、端末の信頼性確認、条件付きアクセス、アプリケーション単位の認可などを組み合わせています。つまり、一つの認証機構が突破されたことが、そのまま広範な内部アクセスの許可につながらない構造です。

侵入や認証バイパスそのものを防げなかったとしても、保守運用アカウントによる大量のファイルアクセス、通常とは異なる時間帯や端末からのアクセスなどを検知し、必要に応じてセッションを遮断したり、追加認証を要求したりする仕組みもあります。

脆弱性管理もリスクベースを原則としており、実際の悪用状況、外部公開状況、対象資産の重要度、侵害された場合の到達範囲などを組み合わせて判断し、特に、実際の攻撃に利用されている脆弱性については、通常のパッチ適用とは別に、緊急の隔離、設定変更、仮想パッチ、緊急アップデートなどを含む対応プロセスを発動できる仕組みになっています。

またRIAは、その後も脆弱性情報の収集・通知、政府機関へのセキュリティ上の助言、インシデント対応能力の強化を進めています。


5.「エストニアだから安全」ではない

この事例から、日本がエストニアについて学ぶ際に注意しなければならないことがあります。

エストニアを「デジタル国家だからサイバー攻撃にも強い」と単純に評価することはできません。実際には、エストニアも政府機関から大量のデータを窃取される重大な侵害を経験しています。しかも、攻撃の入口には、Webサーバーの設定や公開情報、脆弱性管理といった、決して「国家級の高度な攻撃技術」だけでは説明できない問題がありました。

一方で、その後のエストニアでは、

検知 → インシデント対応 → 被害調査 → 組織横断の情報共有 → 犯罪捜査 → 国際協力 → 攻撃主体の帰属 → 司法手続 → セキュリティ対策の改善

という連鎖が形成されています。ここに、エストニアのデジタル国家から学ぶべき重要な点があります。

「侵入されないこと」だけを国家のサイバーセキュリティ能力と考えるのではなく、「侵入された後に、どれだけ早く発見し、被害を限定し、原因を究明し、責任主体を特定し、再発防止につなげられるか」まで含めて考える必要があります。

幸いなことに、エストニアでは2024-2026年現在にかけて、政府機関や重要インフラ等における大規模な侵害・情報漏洩事案は起きていません。


6.オープンモデル生成AIが変える攻撃の速度と、防御のあり方

この教訓は、2020年当時よりも現在の方が重要になっています。

オープンモデルを含む生成AIの急速な普及により、脆弱性の発見と悪用の速度が大幅に加速しているためです。

Vulnerability Discovery and Exploitation Trends in the AI Era | Google Cloud Blog(2026年10月1日)

The Frontier AI Vulnerability Burst: Industrializing Autonomous Zero-Day Discovery in Open-Source Software(2026年8月4日)

AIエージェントは、公開情報やコードの差分、設定の不備を短時間で大量に分析し、従来なら人間の専門家が時間をかけて探していた弱点を効率的に見つけ出します。

結果として、脆弱性の開示から悪用までの時間が、週単位から日単位、場合によっては時間単位にまで縮まっています。2020年のエストニアの事例のように、.gitディレクトリの誤公開や設定の不備といった「基本的な問題」は、AIによってより容易に、より速く発見されるようになっています。

高度な攻撃者だけでなく、中程度の能力を持つ攻撃者でも、AIを使うことで同様の入口を見つけやすくなっているのです。


7.2026年エストニア白書が示す「絶対防御」からの転換

こうした環境変化を踏まえ、2026年にエストニアの専門家グループが発表した白書『National Cyber Resilience in the Age of AI(AI時代の国家サイバーレジリエンス)』は、重要な方向性を示しています。この白書は、政府・民間・大学の専門家が共同でまとめた提言書です。

その核心は、「すべてを完璧に守ることはできない」という前提に立っている点にあります。

白書はまず「Minimum Viable State(最低限維持すべき国家機能)」を定義することを求めています。これは「重要なものを全部守る」ではなく、国家として何が停止してはいけないのかを事前に定義し、その機能についてフォールバック(代替手段等への切換)まで準備するという考え方です。

生命、金融システム、公共秩序、国家の機能そのものに直接害を及ぼす機能を明確に特定し、それ以外は必要に応じて一時的に縮退させることを許容するとも言えます。

また、「National Trust Backbone(国家の信頼の背骨:identity、署名、レジストリ、データ交換基盤など)」を特に堅牢化すること、機械速度で防御できるようにすること、攻撃のコストを上げ、攻撃が政治的に「割に合わない」ものにすることを重視しています。

つまり、「絶対に突破されないシステム」を目指すのではなく、「突破されても被害を決定的なものにしない能力を国家として持つこと」を重視しているのです。


8.政府情報システムに必要なのは「防御」だけではない

2020年のエストニアの事例を、日本の政府情報システムについて考えてみると、いくつかの問いが浮かびます。

  1. 誰が政府の各システムの脆弱性を把握しているのか。
  2. 誰が修正期限を決めるのか。
  3. 修正できない場合、誰が残存リスクを受け入れるのか。
  4. あるシステムが侵害されたとき、誰が他の政府機関への影響を調査するのか。
  5. どのようなログが残され、誰がそれを分析できるのか。
  6. インシデントが犯罪行為である可能性がある場合、技術担当組織から捜査機関へ、どのように情報が引き継がれるのか。
  7. そして最終的に、誰が国民や関係者に対して説明責任を負うのか。

これらは、ファイアウォールやVPN、ゼロトラストといった個々の技術だけでは答えられません。

法令、組織、責任、権限、データ、システム、ログ、インシデント対応、捜査、説明責任をどのようにつなぐか。

それこそが、政府のデジタル基盤を「国家の統治基盤」として考える際に重要になります。

2020年のエストニアの事案は、エストニアが「失敗しなかった」ことを示す事例ではありません。むしろ、失敗を経験し、その失敗を具体的な脆弱性管理やインシデント対応能力の改善につなげ、さらに技術的な調査を司法・国際協力による責任追及までつなげた事例として見ることができます。

デジタル国家にとって重要なのは、「絶対に突破されないシステム」を作ることではありません。

突破される可能性を前提としても、被害を限定し、事実を把握し、責任を追跡し、再発防止につなげられる国家的な能力を持つことです。

そして、生成AIによって攻撃の速度と規模がさらに拡大する時代には、こうした国家的なレジリエンスそのものを、より高速かつ継続的に機能させる必要があります。

2020年のエストニアの事案と2026年の白書は、そのことを考えるための重要なケースだと言えるでしょう。

デジタル国家におけるレジリエンス(回復力)については、電子書籍『エストニアに学ぶ本当のデジタル国家』もご参照ください。

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AI・デジタル技術による国会改革の、その先へ──「デジタル法令基盤」が日本の立法府を変える

7/24/2026

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「チームみらい」の公式チャンネルで「【AIと民主主義に関する超党派勉強会】立法府機能強化に向けた提言―AI・デジタル技術を活用した国会改革について―」が公開されています。

提言では、ペーパーレス化、押しボタン式投票、タブレット端末の活用、海外有識者とのオンライン意見交換、AI同時通訳、さらにはオンライン出席の検討など、国会運営のデジタル化に向けた具体的な施策が示されています。

全体として非常に現実的かつ実践的な内容であり、日本の国会改革に向けた重要な第一歩として高く評価したいと思います。

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Rethinking Japan's Economic Security Beyond an Anti-Espionage Law

7/16/2026

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​A Japanese Perspective on Democratic Intelligence Governance: Lessons from the New York Times Report and Estonia's Digital Decision-Making Infrastructure


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「スパイ防止法」では防げない戦略物資の流出――NYT報道から考える日本の経済安保とエストニアのデジタル意思決定基盤

7/16/2026

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はじめに──JEEADiSが提言する「民主的なインテリジェンス改革」

近年、経済安全保障やインテリジェンス(情報活動)の重要性が急速に高まっています。
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ロシアによるウクライナ侵攻、中国との戦略的競争、半導体をはじめとする戦略物資のサプライチェーン再編など、国家安全保障を取り巻く環境は大きく変化しました。日本でも、「スパイ防止法の制定が必要ではないか」という議論が繰り返されています。

しかし、防諜(カウンターインテリジェンス)は、単に刑罰を強化したり、新しい犯罪を創設したりすれば実現できるものではありません。
​

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エストニアのデジタル国家のソフトウェアのソースコード公開について

1/21/2026

 
​本稿では、エストニアのデジタル国家におけるソフトウェア公開の実態を整理し、日本で混同されがちな「オープンソース化」と「公的ソフトウェアの公開」を区別します。エストニアはオープンソースソフトウェア (OSS)を原則とせず、国家資産としてのソフトウェアを法制度に基づき原則公開することで、再利用・透明性・安全保障を両立しています。

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水源データベースの整備とオープンデータ化が支えるエストニアの水源地の安全保障

1/12/2026

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水資源は、食料やエネルギーと同様に国家の基盤を支える戦略資源です。しかし日本では、水源地の所有や管理を安全保障の観点から体系的に捉える制度設計が十分とは言えません。本ブログでは、日本とエストニアを比較しながら、「水源地の安全保障」を支える制度・データ・デジタル基盤の違いを整理します。


(1)日本における水源地所有と制度的把握の限界

日本の林野庁は毎年「外国法人等による森林取得に関する調査」を行い、届出ベースで所有権を把握しています。主な情報源は、森林法に基づく所有者届出(面積にかかわらず義務)、国土利用計画法に基づく土地取引届出(一定面積以上)、不動産登記情報です。

この調査により、外国居住者・外国法人や外資系企業(国外出資が過半数)の取得を追跡可能ですが、サイレント所有(名義貸しや迂回所有)については完全把握が難しいとされています。国内法人を通じての取得や、受益者実態が不明瞭なケースは調査の限界があり、すべての実質的所有者を捕捉できない可能性があるからです。

全体として、外国資本による水源林取得は存在しますが、規模は全国私有林の0.003%程度(令和6年)と小さく、安全保障・水資源保全の観点から一部自治体で事前届出条例が導入されています。

懸念の声は根強いものの、公式データでは深刻な水資源流出は確認されていませんが、サイレント所有の把握が難しいこと、実質的所有者を捕捉できていないこと、外国居住者・外国法人や外資系企業の土地取得が増加傾向にあること等を考慮すると、深刻な事態に至る前に安全保障・水資源保全の観点から制度自体を見直す必要があるでしょう。


(2)エストニアにおける水資源の保護と管理

EU加盟国のエストニアは、水資源の保護と管理をEUの水枠組指令(Water Framework Directive)と国内の関連法規(不動産の取得の制限に関する法律、森林法、水法、自然保護法など)に基づき厳格に実施しており、水の安全性を重視した政策が特徴です。日本も水資源が豊富で水質管理が先進的ですが、エストニアの優位性は主に外国資本による水源地(森林・農業用地)の取得制限と全国的な河川流域管理計画の統合性にあります。

エストニアでは、森林や農業用地(水源林を含むことが多い)の取得に外国人・外国法人に対する制限があります。非EU/EEA(欧州経済領域)市民・法人:農業・森林用地の取得には地方自治体議会の許可が必要で、少なくとも6ヶ月以上の居住実績や農業・林業従事歴(1年以上)が求められる場合が多くなっています。

10ヘクタールを超える農業・森林用地は、購入者が農業・林業経験3年以上を証明する必要があり(法人含む)、条件がより厳しくなっています。また、特定の島嶼部(例:Saaremaa島など)や国境地域では、さらに追加の制限があります。

一方、日本では、そもそも外国人・外国資本による土地取得に原則制限がなく、自由に取得できます(重要土地等調査法で防衛施設周辺や国境離島の監視・規制はあるが、水源地は対象外)。その結果、北海道などで中国資本などによる水源林取得事例が複数あり、国民の懸念を招いています。一部自治体(長野県など)が独自条例で事前届出制を導入していますが、全国統一的な制限はありません。

日本とエストニアを比較した場合、エストニアの方が水源地の大規模買収を防ぐ規制が明確で、水源地の所有を国内中心に保ちやすく、外国による「水資源流出」リスクを低減する優位性があります。


(3)デジタル国家が可能にする水源地所有の追跡と予防

エストニアは政府のデジタル化(デジタル国家の実現)で世界的な評価を受けていますが、水資源の保護においても、デジタル国家の基盤である「身元確認システム」、「X-Road(安全なデータ交換システム)」、「電子土地登録(e-Land Register)」などが効果的に活用されており、水資源管理の予防的・透明的なガバナンスを支えています。

エストニア国民・居住者向けIDカード(および居住許可カード)には、顔写真と指紋がICチップに保存され、中央の「自動生体認証システム(ABIS)データベース」で管理しています。ABISは顔画像・指紋・掌紋を一元管理し、AIで比較可能で、一人一身分(重複防止)を厳格に保証します。IDカードの申請時は指紋採取・顔撮影が義務で、EU基準の厳格な本人確認を実施しています。

外国人・非居住者は、e-Residency(電子居住者)プログラムでデジタルIDを取得可能ですが、指紋登録が必須でカードの物理的・対面の受け取りが必要です。加えて、非EU市民の土地取得時は、追加の許可・経験証明が必要になります。

X-Roadにより、人口登録・土地登録・法人登録などがリアルタイム連携しており、土地取引時はデジタル署名で即時検証が可能です。土地登録の主要情報はオンラインで公開されており、所有者や行政職員等は認証アクセスで詳細情報を確認できるので、所有者履歴・制限を透明に(誰がいつ何のためにアクセスしたのかが記録される)追跡することができます。

日本では、マイナンバーは12桁の番号で行政手続きを紐付けしていますが、生体情報(顔写真・指紋)の強制紐付けはなく(マイナンバーカードに顔写真はあるが、指紋なし)、中央データベースによる管理もありません。

土地所有は不動産登記法ベースで一定の正確性がありますが、外国法人経由の迂回取得が把握しにくい構造です。林野庁データも届出依存のため、追跡能力はあまり高くありません。個人の特定は住民票や登記情報で可能ですが、デジタル統合がエストニアほど進んでおらず、クロスチェックの手間が多くなっています。

エストニアは、名義貸しや迂回所有(サイレント所有)の防止が日本より効果的で、重複IDや偽装が極めて困難です。デジタルID・生体情報で申請者の実態(重複所有・過去違反)の即時検証が可能で、土地登録がデジタルでリアルタイム連携のため、所有変更・制限(水源保護ゾーンでの伐採/建設禁止)を迅速に追跡して停止措置等を執行できます。


(4)水源データベースの整備とオープンデータ化

エストニアは水源データベースの整備とオープンデータ化において、日本に対して明確な優位性を持っています。特に、全国的なデジタル統合(X-Roadによるデータ連携)、リアルタイム・生データの公開、API中心の機械判読性、中央ポータルでの一元アクセスが強みです。これにより、水資源の監視・管理・利用が透明性が高く、効率的・予防的に行われています。

エストニアの水関連データ(地下水・地表水・水使用量・水質)は、エストニア環境庁が一元的に収集・処理・公開しています。国内に100以上の自動観測所を備える「国家水文監視ネットワーク」により、水位・水温・降水量などをリアルタイムで測定し中央データベースで共有しています。

国家オープンデータポータルで、水資源関連データセット(メタデータ付き、更新頻度明記、APIアクセス可能)を公開しており、地理情報ポータルで、水体(河川・湖沼・井戸)・水源関連の空間データ(WMS/WFSサービス)をオープンデータとして提供しています。

エストニア自然情報システム(EELIS)は、エストニアの自然と水に関するデータを収集、管理、提供する国家データベースで、保護区、水域、様々な自然価値、関連する法的規制の概要などを提供しています。

このようにエストニアは、EU基準(Water Framework Directive)準拠で、国土全体を警戒・保護区域として扱い、水に関する様々なデータが予防的管理を支えているのが特徴です。

日本も水資源データは豊富(国土交通省の水文水質データベースなど)で、水質・供給インフラに優位性がありますが、オープンデータ化の統合性・即時性・アクセシビリティではエストニアが優位と言えます。

エストニアのオープンデータは無料で機械判読性が高く、開発者向けAPIも豊富です。日本は公開データが増加中ですが、一部有料や手動ダウンロードに依存しています。データ形式もエストニアはAPI・JSON・WMS/WFS中心で、生データ・リアルタイム公開がありますが、日本はCSV・ダウンロード形式で、リアルタイムデータ提供も限定的です。

全体として、エストニアのシステムは一元化とデジタルネイティブ設計が水源データの整備・公開を先進的にし、水セキュリティの予防的ガバナンスを強化しています。日本はデータ量や精度で優れていますが、オープンデータの統合・即時共有でエストニアのモデルを参考にできる点が多いと考えます。本ブログでは、次の3つを推奨します。

1 水源地を含む外国人土地所有の規制と「実質的所有者」を把握できる制度設計
2 流域単位での水源・土地・規制データの統合
3 水資源データのAPI中心・リアルタイム公開への転換

日本の制度は、森林管理・土地取引・水資源管理がそれぞれ個別最適で設計されており、事後的な把握には一定の強みがあります。一方で、エストニアのように所有・利用・規制・データを統合的に設計し、事前にリスクを抑制する構造を取り入れることで、水源地の安全保障はさらに強化できると考えられます。


エストニアの水資源マップ(地理情報ポータルより)
https://xgis.maaamet.ee/xgis2/page/app/kem_veemajanduskava​​
写真
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エストニアの2025年地方選挙の結果とインターネット投票における変化

11/2/2025

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エストニアの2025年地方選挙(10月19日実施)では、与党の改革党(Reform Party)が前回比7.3ポイント減の10.0%にとどまり、前回比で大幅減となり、主要政党の中で最も支持を失いました。これは国民の不満(税制の混乱や国家レベルの政策ミスへの反発)が反映された結果で、リベラル・中心右派の改革党に対する罰則的な投票行動と分析されています。

選挙結果の詳細(公式:エストニア選挙委員会)

エストニアの2025年地方選挙:勝者と敗者(ERR エストニアの国営メディアの記事)

一方、保守的な政党のIsamaa(祖国党)は18.6%(前回比上昇)を獲得し、全国得票率で政党間では2位(中央党 Centre Partyの21.1%に次ぐ)となりました。Isamaaは国民アイデンティティの強調、家族支援、地元企業振興、エストニア語教育の推進といった保守的・伝統志向の政策を掲げ、タルトゥ市で改革党の約30年にわたる支配を打破する勝利を収め、地域(タルトゥ、パルヌ、ヴィリャンディなど)で複数自治体を制覇した点が注目されます。

全体の全国得票率トップは、無所属グループ(electoral unions/local blocks)が23.9%で首位となっています。これはエストニアの地方議会選挙の特徴で、特定の全国政党に所属しない無所属の候補者や地元中心の選挙連合が非常に多く、投票者の約4人に1人がこうした選択をすることで、地元優先の現実主義を重視する傾向を示しています。

次いでCentre Party(中央党:中道左派)が21.1%で2位(政党間では1位)、Isamaa(祖国党)が18.6%で3位(政党間では2位)、与党である改革党(Reform Party)が10.0%で4位(政党間では3位)と続きました。中道リベラルのEesti 200も大敗(前回比減)し、リベラル勢力全体の低迷が目立ちました。

今回の選挙結果で、国民はリベラル政党(改革党やEesti 200)よりも、穏健な保守政党(祖国党 Isamaa)を好む傾向を示しました。ただし、極端なナショナリズムを体現する極右のEKRE(エストニア保守人民党)は、全国得票率で前回を下回る低調な結果(具体的な全国率は公表値で約4-5%台と推定され、最大の敗者の一人)となり、支持を伸ばせませんでした。特に首都タリン市では、市議会での議席獲得に必要な5%閾値に達せず、極右ポピュリズムへの警戒が国民の間で強まったことを示唆します。

近年は50%前半で推移する投票率が約60%と高いことから、地元優先の現実主義がリベラル疲労を上回った形と言えそうです。なお、今回の選挙は非EU市民の投票権剥奪(ロシア・ベラルーシ系住民の約7万人が対象)という異例の背景もあり、国民の安全保障意識が保守シフトを後押しした可能性があります。

エストニア政府の政策的な失敗

与党の改革党は、経済政策では低税制、市場自由主義、起業家支援を強調する右派寄りの立場を取る一方、社会政策ではLGBTQ+権利の推進や移民の統合を支持するリベラルな側面を持っています。これまでに、同性婚の法制化などを実施しています。

税制の混乱とは、2025年当初、個人所得税率を現行20%から22%に引き上げる計画が発表され、企業所得税の分配比率も20/80から22/78へ変更するとしましたが、国民の反発を受けて臨時的な「防衛税(defense tax、2026〜2028年対象)」が廃止され、所得税増税も事実上棚上げになった経緯のことです。この政府の迷走は、企業や個人事業主の税務計画の混乱と行政負担の増大をもたらしただけでなく、11年連続でEUの税競争力トップを維持するエストニアの国家ブランドを傷つけることにもなりました。

国家レベルの政策ミスとは、連立政府の不安定さと実行力不足により、税制改革や福祉政策の推進が停滞し、ゼロベース予算編成(zero-based budgeting)の公約も履行されないなど、いくつもの失敗が重なったことです。また、ウクライナ支援の強硬姿勢は支持された一方、国内のインフレ対策(2025年インフレ率3.5%)や住宅政策の遅れが、国民の日常生活に直結する「ミス」として不満を蓄積し、これらが「リベラル疲労(liberal fatigue)」を招き、地元優先の投票行動を促したと分析されています。

エストニアの選挙の特徴と日本との違い

エストニアの選挙は比例代表方式に統一されていますが、国と地方で当選の基準が異なります。国政選挙では「全国単位の比例配分」を行い、全国的政党の議席比を調整しますが、地方議会選挙では自治体ごとに政治的争点が異なるため、完全に自治体内完結型の比例代表制となっています。「全国での政党得票」は参考値として算出されますが、議席配分には影響しません。

各候補者には選挙区ごとの個人票取得最低ラインがあるので、日本のようなゾンビ復活が起きにくい仕組みになっています。国政選挙の場合、はじめに、選挙区で合格ライン以上の得票をした個人が当選し、2番目に、選挙区で最低ライン以上の得票をした個人が、各政党の「選挙区の得票数」に応じて政党の候補者リストの順番で当選し、最後に、選挙区で最低ライン以上の得票をした個人が、各政党の「全国の得票数」に応じて政党の候補者リストの順番で当選します。

この仕組みにより、いわゆる「死に票」も最小化されて、明らかに得票数が少ない候補者の「ゾンビ復活」も防ぐことができます。

地方選挙の場合は、上記の2番目までで終わります。具体的には、地方自治体議会選挙法に基づき、次のような手順になります。

(1)個人当選(Personal Mandate)
選挙区(自治体内の投票区)で、一定の「選挙区定数 ÷ 有効投票数」から算出される選挙区の割当得票数(simple quota)を超えた候補者は、個人として即時当選します。

(2)リスト当選(List Mandate)
各リスト(政党または無所属グループの名簿)の選挙区内得票数に応じて、そのリスト内の上位候補者が当選します。政党も無所属グループも「その自治体内」での得票に比例して議席を獲得する仕組みです。

(3)残余票配分(Compensation Mandate)
1と2の当選後に議席数が余っている場合、各リストの残余得票に基づき、ドント方式でその自治体内で残りの議席を割り振ります。国政のような「全国補正」はありません。

2025年地方選挙におけるインターネット投票の変化

2025年の地方選挙においても、例年通りにインターネット投票が行われて、問題なく実施・集計されました。有権者の利便性の観点からの変化として、投票時の本人確認をスマートID(Smart-ID:スマートフォン等のモバイル端末のアプリ上で使用)でも可能になったことです。

これまでは、IDカード(電子証明書を格納したICカード型の身分証明書)、モバイルID(SIMカードにICチップを付けて電子証明書が使えるようにした携帯電話)で本人確認(認証・署名)を行っていましたが、スマートIDが追加されたことで、より利便性が高くなりアクセスしやすくなりました。

ただし、インターネット投票自体は、パソコンに専用の投票アプリケーションをダウンロード・インストールして行います。「スマホだけではインターネット投票を完結できない」ということですが、これは投票アプリの署名処理が、パソコン環境での暗号化署名(IDカードまたはモバイルID/Smart-ID)を前提としているためです。
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エストニアのインターネット投票の利用率(データ出典:valimised.ee)

インターネット投票の利用率は45.8%で、前回の地方選挙(2021年)46.6%と、ほぼ同じぐらいでした。インターネット投票の利用率は地域差があり、首都タリンのあるハリュ郡では54.1%と半数以上の投票者がネット投票を選択しています。

今回の選挙については、インターネット投票に関する詳細な統計データがまだ公表されていませんが、例年では全体のネット投票利用率が50%前後、期日前投票のネット投票利用率が60-70%、在外投票のネット投票利用率が80-90%となっています。日本でインターネット投票を実現する場合も、まずは投票者のニーズが最も高いと考えられる在外投票から始めるのが良いでしょう。

なお、エストニアのインターネット投票では、ネット投票した後に、期日前の紙投票や選挙日当日の紙投票により、ネット投票を取り消す(紙の投票が優先されて有効になる)ことができます。実際には、紙の投票でネット投票を取り消すケースは少なく、多い年でも0.5%未満となっています。
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エストニアにおける電子政府クラウドサービスの緊急時対応について

9/29/2025

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韓国の電子政府サービスが、政府データセンターの火災により停止して、2025年9月29日現在も復旧できない状態が続いています。中央日報の記事では「行政安全部は復旧まで少なくとも2週間以上はかかると予想している」とあります。

火災で停止した韓国‘デジタル政府’…実質的に存在しなかったバックアップシステム | 中央日報
https://japanese.joins.com/JArticle/339185

ジェアディスでは、2025年9月20日にオンライン勉強会「エストニアとEUにおけるデータ連携基盤について」を開催しましたが、この中で「単一障害点(SPOF: Single Point of Failure)」についても触れました。具体的には、

エストニアのデータ交換基盤であるXロードはP2Pリアルタイム通信で単一障害点が存在しない(リスクを無視して良いレベル)のに対して、日本のマイナンバー制度の情報提供ネットワークシステムは仲介型で、「符号変換ゲートウェイ」として機能するコアシステムが単一障害点になっている。

というものです。これは、コアシステムが攻撃されたり故障等で機能停止したりすると、情報提供ネットワークシステム全体が止まってしまうことを意味します。今後、公共サービスメッシュにより中間サーバを廃止する予定がありますが、その場合も単一障害点は残ることになります。

今回、韓国の電子政府サービスがデータセンターの火災により停止してしまったことは、韓国の電子政府クラウドサービスに単一障害点があったことを意味します。この問題は、クラウドに依存する電子政府の安全性を考える上で非常に重要なので、エストニアにおける電子政府クラウドサービスの緊急時対応について整理した上で、日本のガバメントクラウドとも比較してみたいと思います。

(1)エストニアの国家クラウドとデータセンターのセキュリティ要件

エストニアの電子政府(e-Estonia)を支える国家クラウド(Estonian Government Cloud :RIIGIPILV)は、韓国のデータセンター火災のような単一障害によるシステムダウンを防ぐため、データセンターの完全な二重化(full redundancy)を採用しています。

完全な二重化というのは、単なるバックアップ(定期的にデータコピーする等)にとどまらず、地理的に分散した能動的な冗長システムとして設計して、リアルタイム同期やフェイルオーバー機能を備えているということです。

リアルタイム同期により、電子政府サービスで使用している住民データ等のコピー(副本)が、別の場所にあるデータセンターにも自動的に保存(バックアップ)されて、最新データに更新されます。システム障害が発生したり、正本データが火災等により損失した場合でも、他のデータセンターに保存されたコピーデータを使用することで復旧が可能になります。

フェイルオーバー機能は、システム障害が発生した場合に備えて、予備のシステムをいつでも稼働できる状態にしておき、システムの稼働状況を常時監視して障害の発生を瞬時に把握すると、自動的に予備のシステムに切り替えてサービスを継続させる仕組みです。

エストニアでは、重要インフラの保護について規定するサイバーセキュリティ法(2018年)が成立する前から、「データセンターのセキュリティ要件(2014年)」を政府が定めていました。このセキュリティ要件は、当時適用されていた公共部門の情報セキュリティ基準(ISKE)を補完するもので、ISKEでカバーされていない大規模/高可用性要求のデータセンター設計・運用について規定し、電磁パルス攻撃に対する保護についても定めています。

現在は、政府の情報セキュリティ基準がISKEからE-ITS(Estonian Information Security Standard)へ移行しており、このE-ITSの中でデータ保管・運用インフラに関して期待されている要件を定めていますが、「データセンターのセキュリティ要件」も依然として有効で、エストニアの国家クラウドの設計・開発・運用にも同要件が反映されています。
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エストニアの国家クラウドは、経済通信省によって作成された「State Cloud」の概念を実装するサービスとして、2016-2020年の開発計画で実現されました。2018年から段階的にサービス提供を開始して、現在は国家クラウド2.0の開発・刷新が進められています。国家クラウドへの移行は原則として任意ですが、既存システムの運用コストや安全性を考えて、多くの機関が国家クラウドへの移行を順次進めています。

国家クラウドは、国の機関や自治体を中心とした公共部門のITシステムを統合管理するプラットフォームとして、2つの地理的に分散したデータセンター(1つは首都タリンの外)で運用されています。この分散により、国内の物理的障害(火災など)に対する耐性を確保して、電子政府サービスの継続的な運用を可能にしています。

セキュリティ基準(E-ITS)に準拠した構築・運用で、すべてのコンポーネント(構成する部品)に冗長性(余裕)を組み込み、緊急時でも中断しない運用を目指しています。エストニアの国家クラウドは、Tier 4レベル相当(公式認証取得ではない)のデータセンター基準(完全故障耐性、99.995%以上の稼働率)を満たしており、単なるバックアップではなく、能動的な二重化になっているのが特徴です。

国内データセンターの二重化に加えて、データ大使館(Data Embassies)をルクセンブルクのTier 4データセンター(公式認証取得)に構築して、国内データセンターとネットワーク化しています。エストニアの国家クラウドという名称は、国内2か所のデータセンターとルクセンブルクのデータ大使館で構成されるクラウドの総称です。また、アイルランドなど複数の国外データセンターで単純なバックアップだけを行っています。

データ大使館は、エストニア政府とルクセンブルク政府との二国間協定(2017年批准)により、物理的な大使館と同等の治外法権(ウィーン条約に基づく外交的特権の考え方の応用)を実現しています。このため、ルクセンブルグの警察や検察等の捜査機関・権力機関でも、エストニア政府の許可なしにデータセンターのデータ大使館の領域に入ることができません。

ルクセンブルクが選ばれた理由としては、Tier 4レベルのデータセンター(Uptime Institute認証済み)の稼働実績が多くあり国際的な評価が高かったこと、政治的に非常に安定していること、ドイツやフランスなど大国に隣接しており地理的にも安全性が高いこと、同じEUの小国として相互の外交的尊重や技術的協力など対等の関係性を確立しやすかったことなどがあります。

エストニアのデータ大使館では、土地登記、税務登録、人口登録、企業登録などの「公共業務の遂行に重大な影響を与えるシステム(戦略的データセット)」がリアルタイム同期または定期バックアップで更新されており、サイバー攻撃や物理的脅威時の継続性を保証しています。フルミラーリングに近い冗長システムで、主要レジストリのデータはリアルタイムで同期され、エストニア国内のシステムがダウンした場合の即時フェイルオーバー(自動切り替え)を想定しています。

目的はデジタル公共サービスの完全な継続性です。エストニアでは、国家安全保障上の脅威として常にロシアを想定しており、国内が物理的な攻撃を受けた場合でも、地理的分散(国内+海外)により、国外のデータセンターで最低限の政府の機能を維持できる仕組みが必要と考えています。

公共業務の遂行に重大な影響を与えるシステムのリスト
1 裁判ファイルシステム
2 地籍登録システム
3 土地登記システム
4 商業質権登録システム
5 課税対象者登録システム
6 非営利団体および財団の登録システム
7 人口登録簿
8 国および地方自治体機関の登録システム
9 官報システム(法令等データベース)
10 国家財務情報システム
11 社会保障情報システム
12 企業登録システム(法人および個人事業主の登記)


(2)日本のガバメントクラウドの耐障害性

日本のガバメントクラウドは、デジタル庁の要件に基づき、全てのデータセンターがTier 3相当の基準を満たすよう設計されています。日本国内には、Tier 4の正式なUptime Institute認証を受けているデータセンターは存在しないこともあり(Tier 4相当と公表する事業者は存在する)、実現可能性を考慮して「Tier 3相当」としたのでしょう。

「Tier 3相当」であれば、単一障害点を排除した冗長構成になるので、エストニアの国家クラウドのような完全な多重化(Tier 4レベルの故障耐性)ほど包括的ではありませんが、基本的な耐障害性を確保することができます。

Tierの分類は、Uptime Instituteの基準に従って「データセンターの可用性と耐障害性」を評価して行われます。Tier 3の場合、「同時メンテナンス可能(Concurrently Maintainable)」で、「必要なリソース+1つのバックアップ」を採用し、電源・冷却・ネットワークなどのコンポーネントにバックアップを備えています。Tier 3であれば、計画的なメンテナンス中でもシステム停止を避け、年間稼働率99.982%を達成可能ですが、複数の同時障害(自然災害+機器故障など)に対する完全な自動フェイルオーバー機能(自動切り替え)はTier 4ほど強くありません。

日本のガバメントクラウドにおける多重化構成は、日本国内データセンターを活用しており、東日本(東京)と西日本(大阪)のリージョンを用いた地理的分散(災害復旧)を採用しています。この構成には、接続経路の冗長化(Site-to-Site VPN+専用線)やバックアップデータセンターなどを含みます。

この多重化構成により、地震などの地域的災害時でもサービス継続が可能ですが、他国からのミサイル攻撃、同時テロ、または広域地震(首都直下地震+南海トラフ連動など)で分散拠点が同時に停止した場合、電子政府の運用も基本的に停止します。エストニアの場合は、こうした事態に備えてデータ大使館を稼働しています。
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(3)エストニアと日本の比較

エストニア:
・国家クラウド(データ大使館を含む)はTier 4基準
・完全バックアップシステムの並行運用
・リアルタイムフェイルオーバー
・物理的・サイバー脅威に対する「完全多重化」を達成

日本:
・ガバメントクラウドはTier 3相当で十分な耐障害性を提供
・エストニアほどの故障耐性を目指した包括的な多重化ではない
・現実的かつ実用性を重視したアプローチ

このように、日本のガバメントクラウドも、韓国のデータセンター火災のような単一障害は存在しないので、緊急時対応における安全性もかなり高いと言えます。

しかし、日本のガバメントクラウドには、「米国企業が提供するクラウドサービスへの過度な依存」という別のリスクが存在します。この問題については、個人的なブログ「米国テック企業による日本の電子政府への浸食(見えない侵略)」で詳しく解説していますが、緊急避難的な解決策として、

AWS等が意図的あるいは災害等により止まった時に備えて、デジタル庁(国)の予算と責任で、国内ベンダーによる政府クラウドをバックアップ用に確保して、最低限の行政サービス提供と行政運営ができるようにデータとアプリケーションを保存しておくこと

​を強く推奨します。
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エストニアの新たなデータ管理フレームワークが目指すもの、オープンデータの強化とAI時代への対応

7/11/2025

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エストニアでは、国家情報システム管理カタログ(RIHA)で公的データベースのデータセットを管理していましたが、現在は情報システムの管理とは別にデータ管理用のフレームワークを整備して、各組織がデータセットを記述できるようにRIHAKE(データ管理アプリケーション)を提供しています。RIHAKEはエストニア国家情報システム局が開発し、オープンソースとして電子政府コードレポジトリで公開されています。
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データ管理のガイドラインとして、データ記述ガイド(データ記述標準、辞書の編集、実践ガイド)とデータ品質ガイド(データ品質管理する組織のタスク、データ品質管理の事例と機能)も提供しています。


RIHAKEの目的は、次の通りです。

・データ記述標準に従って組織のデータセットを記述すること
・データセットで使用される分類とリストを記述すること
・データ辞書とビジネス辞書をコンパイルすること
・データ記述を他のシステムに転送すること

RIHAKEのアプリケーションは、各組織におけるデータ管理をサポートして、データの再利用性と検索可能性を向上させます。組織は、RIHAKEでデータセットの標準に準拠した一般的な説明を作成し、リレーショナルデータベースとして管理されているデータセットの物理モデルをスキャンして、テーブルと列 (データフィールド) の既存のメタデータを識別し、それらを実質的な意味(組織で使用される概念)にリンクします。
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RIHAKEのデータウェアハウスでは、データリポジトリのデータモデルの表示、ビジネス辞書やデータ辞書の用語間の関係図の表示、OpenAPIサービスとデータセットのリンクなどの機能を備えています。
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2025年7月現在、すでにデータセットはRIHAからデータ情報ゲートウェイ(オープンデータを提供するポータルサイト)に移行されています。
オープンデータは、発行者が指定したライセンスに基づいて、商業目的および非商業目的を問わず再利用できます。ユースケースでは、オープンデータに基づくアプリケーションを収集して紹介しています。
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​エストニアの新たなデータ管理フレームワークが目指すものは、オープンデータの量と質を向上することで、官民におけるサービスやビジネスの創出、それに伴う投資の機会を増やすことです。

エストニアは、EUで人口当たりの起業率が最も高いのですが、政府がオープンデータで後押しすることで、より起業しやすい環境を整備することができます。その中には、当然、AI(人工知能)関連のビジネスやAIを活用した公共サービスの拡大も含まれています。

公的データベースを中心とした、高品質で可用性・信頼性が高いデータを再利用できることは、現在のエストニアのデジタル国家の大きな強みであり、将来のエストニアの更なる発展に欠かすことができないものと言えるでしょう。
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エストニアの人口登録簿の個人データ:日本の住民票や戸籍に足りないものとは

6/29/2025

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昨日のセミナーの資料をジェアディスのウェブサイトで公開しました。

エストニアの電子政府事情とわが国の自治体システムのあるべき姿

ここでは、時間の関係で説明できなかった「エストニアの人口登録簿の個人データ」について、少し整理しておきます。

エストニアの人口登録簿の個人データ
1 氏名(名前法に基づく)
2 性別
3 出生データ(生年月日、出生地)
4 個人識別コード
5 市民権・国籍に関するデータ
6 住居に関するデータ
7 追加住所
8 連絡先の詳細(メールアドレス、ポストボックス番号、電話番号)
9 滞在先の住所
10 婚姻状態に関するデータ (独身、既婚、死別、離婚)
11 親権に関するデータ (親権者、保護者、親権の回復・制限・剥奪など)
12 後見に関するデータ (後見人の氏名、後見開始終了時刻、後見人の同意なしに可能な取引など)
13 有効な法的能力の制限、投票権の剥奪に関するデータ
14 死亡に関するデータ (死亡時間・場所、埋葬地、死亡原因など)
15 母親、父親、配偶者、パートナー、子供に関するデータ(個人識別コードなど)
16 教育の最高達成レベル(最終学歴)
17 民族籍、母国語、教育 (※統計目的の任意提出・登録データとして)
b 個人データに関連する文書のデータ (発行した身分証明書、外国人居住・就労許可証、裁判所の決定など)
c 有権者登録データ(有権者リストおよび有権者カードの作成で利用)
d 手続に関するデータ(捨て子に関する情報、結婚時に選択された財産関係など、統計データとして利用)
e 登録簿の維持管理に役立つデータ(データ提供者・入力者、データへのアクセス履歴、分類コードなど)
f 登録簿の非最新データ(関連性を失った個人データ、開催された選挙の有権者登録データなど)
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「エストニアの人口登録簿の個人データ」は、17項目ありますが、加えて「データベースを維持管理するためのデータ」が5項目(図表ではbからfまで)ほどあります。

このうち1から9までのデータは、日本の住民票に含まれるような「居住地に関するデータ」です。現在の「居住地に関するデータ」の主な目的は、住民に行政サービスを届けることです。もちろん、それだけでは無いのですが(例えば住民税の徴収など、あまり嬉しくない目的もあります)、社会福祉や教育など基礎的な行政サービスを住民に確実に届けることができるように「居住地に関するデータ」を政府が把握しておく必要があります。

世界を見ると、居住登録(Resident Registration)を行っていない国もあります。一般的には、その国がいわゆる「小さな政府」を目指している場合、居住登録は採用されません。米国は、その代表例と言えるでしょう。他方、北欧諸国など「高負担高福祉」の国では、居住登録の制度が確立されています。

日本では、明治時代に戸籍制度が作られた時、戸籍の本籍地が居住地情報(住所)も兼ねていました。しかし、公共交通機関の発達や経済成長、職業選択の自由など新しい考え方などの影響により本籍地から離れて生活する人が増えた結果、実際の居住地の戸籍の本籍が一致しないことが常態化してきたので、新たに寄留簿を作成して人の移動を記録するようにしました。

​しかし、寄留簿も実態を反映するものではなく形骸化する中で、戦時中の配給制度で世帯台帳が作成されて、配給品を各世帯に確実に届けられるようにしました。この世帯台帳が現在の住民票や住民基本台帳の元になっており、住民票の記載事項(例:米穀の配給に関する情報)にもその名残がうかがえます。世帯台帳により、戸籍の「戸」という単位に加えて、「世帯」という単位が行政事務において重要な役割を担うようになりました。
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​続いて、10から15までのデータは、民事(身分・家族関係)に関するデータで、日本の戸籍に記載されるような婚姻・離婚や出生・死亡等のデータに加えて、親権や後見など個人間の権利関係や権利制限等に関するデータも含まれています。親権や後見などの権利関係がリアルタイムで確認できるようになると、その時々の最適なサービスを届けやすくなります。

日本で公金受取口座を赤ちゃんにまで求めているのは、公金受取口座を管理するデジタル庁が個人間の正確な権利関係を把握できないからです。また、このような権利関係をデータとして自動処理するためには、「戸」や「世帯」単位ではなく、「個人」単位でデータを管理する方が適しています。

続く16と17のデータは、「教育の最高達成レベル(最終学歴)」や「民族籍、母国語、(外国での) 教育」となっています。このデータは、統計処理や国勢調査などで利用されるもので、日本の住民票にも戸籍にも無いデータです。

EU加盟国であるエストニアでは、国勢調査を日本のように全件調査で行わず、公的データベースのデータによる国勢調査が基本となっており、それを補うためにサンプリング調査(オンライン、電話、対面など)を実施しています。国勢調査はどの国でも大きな負担になっていますが、日本がエストニアのような統合型の人口登録簿で国民・住民のデータを管理して、他の公的データベースとリアルタイムで連携できるようになれば、国勢調査の負担を大きく減らすことができるでしょう。

最後の5項目(bからfまで)は、登録されたデータの根拠となる文書等のデータ、いつ誰が何のためにデータにアクセスしたのか等の監査に必要なデータなどが含まれます。fの「登録簿の非最新データ」は、日本の「戸籍の除籍簿」や「住民票の除票」と同じような機能を持っています。なお、エストニアの人口登録簿のデータは永久保存となっており、保存期間は定められていません。

このように、エストニアの人口登録簿は、日本の住民票や戸籍と同等以上の機能を備えており、国民や住民の基本的な権利を保護するために利用されています。医療データと連携しているので、家族や親族の届出等が無くても、出生や死亡と同時にデータが登録されるので、日本のような「無戸籍児童」や「存在しない人の戸籍や住民登録者」などの問題も起こりにくくなっています。また、指紋等の生体情報を含む身分証明書の発行等を「身分証明書データベース」や「生体情報データベース」により管理しているので、日本の戸籍のように乗っ取りや売買による背乗り・成りすましも極めて困難になっています。

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日本で今後さらに進んでいく人口減少や少子高齢化、地域の過疎化や自治体消滅などを考えると、自治体の負担を減らすためにも、エストニアのような統合型の人口登録簿を国の責任で管理して、その住民データを各自治体が必要に応じて利用する仕組みが有効と考えています。もちろん、国家安全保障の観点からも、統合型の人口登録簿を推奨します。

以下、参考資料としてのスライドイメージ

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バルト三国の宗教と同性婚について

6/4/2025

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​宗教(やそれに付随する価値観等)は「家族関係のあり方」について影響を与えるので、各国における宗教の現状や変化を観察することは、日本の戸籍制度や選択的夫婦別姓などを考える際のヒントを示してくれるかもしれません。

他方、その国の歴史や文化、憲法や宗教上の価値観を考慮しないまま、「同性婚を認めるべきである」「同性婚を認めないのは遅れている」といった押しつけは、他者の価値観や思想を尊重する本来の多様性と相反する行為なので注意が必要です。

エストニアを含むバルト三国は、共産主義のソ連支配下にある時代はどの国でも宗教禁止が原則でしたが、現在の宗教の事情は国によってかなり異なります。
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写真:Hele-Mai Alamaa  (https://toolbox.estonia.ee/)

エストニア

エストニアは、無宗教が多数派で約6割を占めており(1922年以前は、国民の99.9%がキリスト教)、世界的にも宗教色が薄い国のひとつです。残りの4割で最も多いのがロシア正教(約16%)で、プロテスタント(ルター派)約8%が続きます。カトリックの割合は1%以下でイスラム教の割合と大差がありません。つまり、無宗教を除くと、エストニアの最大の宗派はロシア正教ということになります。2025年6月現在、「バルト三国の中で同性婚を法律で認めているのはエストニアだけ」というのは、無宗教が多数派なので「家族関係のあり方」を修正しやすいのかもしれません。

ラトビア

エストニアの隣国であるラトビアは、何らかの宗教を信仰する人が約7割を占めており、そのほとんどがキリスト教の宗派です。割合は、ルター派36%、カトリック19%、東方正教会(ラトビア正教会)13%、その他のキリスト教徒1.4%となっています。バルト三国の中では、最も北欧諸国の影響を受けていると言えるでしょう。同性婚については、パートナーシップは認めるものの法律婚は認めておらず、ラトビア共和国憲法(第110条)でも基本的人権の保護対象を「男女の結びつきである結婚」とすることで実質的に同性婚を禁止しています。

リトアニア

リトアニアは、バルト三国の中で無宗教の割合(約6%)が最も低い国です。人口の約74%がカトリックを信仰しており、東方正教会4%、ルター派0.56%が続きます。ポーランド・リトアニア共和国の時代もあることから、隣接するポーランドの影響が大きいと言えるでしょう。国内の地域・地区によって宗派の割合は異なりますが、全体としてカトリックの割合は減少傾向にあります。

同性婚については、リトアニアはバルト三国の中で最も消極的です。同性婚のパートナーシップも法制化されておらず、2025年4月の憲法裁判所の命令により「同性カップルに一定の法的権利と利益を与える法律」の制定を命じたことで、裁判所を通じたパートナーシップ登録が可能になったばかりです。リトアニア共和国憲法(第38条)では、「結婚は男女の自由な合意によって成立する」としており、同性婚を実質的に禁止しています。

憲法の条文を読み解くことで、リトアニアの政府や国民が考える「家族関係のあり方」が見えてきます。

リトアニア共和国憲法(第38条)
家族は社会と国家の基盤です。
国家は家族、母性、父性、そして子供時代を保護し、世話します。
結婚は男女の自由な合意によって成立する。
国は結婚、出生、死亡の登録を行います。また、教会による結婚登録も国が認めています。
配偶者は家族内で平等の権利を持ちます。
子どもを高潔な人間、忠実な国民として育て、成人するまで支えることは親の権利であり義務です。
親を尊敬し、老後の世話をし、その遺産を守るのは子供の義務です。


エストニアの選択的夫婦別姓
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最後に、エストニアの選択的夫婦別姓について紹介しておきます。エストニアの婚姻時の姓(氏)の選択については、名前法という法律で定められており、次のような選択肢があります。複合姓とは、「Yamada-Tanaka」のように自分の姓にハイフン接続で配偶者の姓を追加したものです。

1)両方の配偶者が既存の姓を保持する。
2)配偶者の一方が他方の姓に変更する。
3)配偶者の一方が複合姓を作成して変更し、他方の配偶者は既存の姓を保持する。

1と3の選択肢が「夫婦別姓」ということになります。夫婦間で生まれてくる子供の姓は、夫婦別姓を選択している場合、どちらの姓にするかを夫婦間の合意により決定します。

2000年頃は、結婚時に妻が夫の姓に変更するのが多数派(約7割)で、両方の配偶者が既存の姓を保持するケースは2割ほどでした。しかし、2022年の調査では、妻が夫の姓に変更するケースが47%と半数以下になる一方で、既存の姓を保持するケースは41%と2倍になっています。夫が妻の姓に変更するケースは2%と少数です。現在は、家族内で姓が異なるのは、それほど珍しくないと言えます。

家族構成が変化する中で、「男性も女性も自分たちが正しいと思う姓を決める平等な機会を持っていること」が重要であり、その結果として「伝統が変化することに対しても社会がどこまで許容してくれるのか」を政治的・社会的に確認していくことが大切なのではないでしょうか。
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エストニアの看護サービスとデータ共有について

3/25/2025

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IISEシンポジウム「人口減少・多死社会に対応したデジタルヘルス」に参加して、イベントサービスとして提供されるエストニアの死亡手続きについてお話ししました。関連して、エストニアにおける看護サービスについて少し整理しておきます。

エストニアの看護師や助産師は、医師や歯科医師と共に医療従事者(医療専門家)として法律上の地位が確立されており、健康情報システム(全国医療データの中央データベース)へのアクセス権限も医師と同等に認められています。

看護師や助産師ができることは日本よりも多く、例えば助産師は特定の医薬品について処方箋を書くことができたり、救急医療看護師は救急車サービス(看護チーム)のリーダーとして遠隔指示に従って必要な救急措置を行ったりします。

エストニアでは自宅で終末を過ごす高齢者が多く、そうした自宅での看取りを支援する医療サービスとして訪問看護(在宅看護)サービスがあります。訪問看護が必要かどうかは、家庭医(かかりつけ医)や専門医が評価を行い決定されます。訪問看護の提供が決定されると、家庭医と家庭看護師(かかりつけ看護師)との協力により看護計画が作成されます。サービスの提供は、訪問看護師(少なくとも 3 年の勤務経験があり、患者の自宅で看護サービスを提供するための特別な訓練を受けた看護師)が行います。

健康情報システムには、全国の医療機関や医師・看護師から「看護サービス提供に関する紹介状」や「提供された看護サービスに関するサマリー(概要)」などのデータが送信されます(義務)。つまり、高齢者に対する訪問看護等を含めた看護サービスの概要については、全国レベルで医療従事者が共有できるということです。

より詳細な看護サービスの内容については看護記録を確認する必要がありますが、看護記録については健康情報システムへデータ送信されないので、医師や看護師等が患者の過去の看護記録を知りたい場合は、各看護サービス提供事業者(個人または法人)に照会する必要があります。

看護サービスについては、文書化やサービス提供方法等について、全て標準化されています。医療や看護のデータの相互運用性が確立しているため、ベンダーやシステムが異なっても、データが利用できなくなることはありません。

看護サービスのサマリーや看護記録については、電子文書(電子的な医療記録)として保存することが法令で義務付けられており、法令で定められたデータ構成と形式・方法により作成・保存・送信されます。看護記録には、記録を作成した看護師がデジタル署名しますが、作成者が特定・追跡できる場合は、医療機関等のデジタルスタンプ(eシール)に代えることができます。看護サービスの提供は、国が提供する種類別の看護ガイドラインに従って行います。
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利用者中心で考える、エストニアにおける自治体情報システムの統合(幼稚園の入園申し込み)

3/3/2025

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エストニアでは、各市町村が利用する情報システムについて、国が無理に中央で統合することはしないで、利用者中心の視点で事前の調査・分析を行うことで、問題の背景を明らかにしています。

例えば、法律で基礎自治体の責任とされる幼児教育サービスの提供については、調査の結果、親にとっての悩みは、幼稚園入園の申請自体の技術的な問題ではなく、申請書を提出した後、子どもがいつどこに入園できるのか、いつ仕事に戻れるのかなどの情報が、大規模な(人口密度が高い)自治体で不足していることが判明しました。

また、自治体の幼稚園の受け入れ能力には大きなばらつきがあり、サービス提供側にボトルネックがあり、地域によっても異なることもわかりました。例えば、即日入園できる自治体もあれば、将来的に入園できる日がまったく予測できず、いつ入園できるか分からない自治体もあります。理由は様々ですが、主な問題は「過密な地方自治体における幼稚園の定員不足」でした。

技術的な分析により、「自治体の約半数には、住民が電子的に幼稚園の入園を申し込める情報システムがない」ことも判明しましたが、これはあまり問題ではありません。上述したように、親にとっての悩みは「幼稚園入園の申請自体の技術的な問題ではなかった」からです。

また、「電子的に幼稚園の入園を申し込める情報システムがない自治体」も、入園申し込みの申請書を、RTF(ワード等で記入可能)やPDFファイルをウェブ提供して、デジタル署名によるメール提出を受付けています。申請書自体もA4一枚のシンプルな様式で、子供の両親の個人番号や氏名・住所(住民登録または実際の)を記入して、希望事項などを補足するだけなので、申請自体はほとんど負担にならないのです。

これらの調査結果から、地方自治体は自治権を持っており、市町村ごとに幼稚園の入園に関するルールが異なっているため、単一の中央サービスポータルでオンライン申請等のサービスを提供することは困難で、その必要性も低いとされました。それよりも、「将来の親に適切なタイミングで情報を提供することが重要である」と考えて、「プッシュ型で個別化された必要な情報を提供する」ようにすることが、今後のイベントサービスや積極的サービスの課題であるとされました。

「利用者中心」という言葉は、エストニアと同様に日本の電子政府でも使われてきましたが、それが意味することの理解と実践は、調査や分析といった地道な作業の積み重ねにより実現するものであると言えるでしょう。
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資料の公開:エストニアとEUのAI戦略、公共サービスにおけるAIの利活用

1/3/2025

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2024年5月21日、人工知能(AI)の利用等について規制するEUのAI法(AI Act)が成立して、2024年8月1日に発効しました。

EUのAI法は、世界初のAIに関する包括的な法的枠組みであり、AIシステムが基本的権利、安全性、倫理原則を尊重することを保証し、非常に強力で影響力のある「AIモデルのリスク」に対処することで、欧州およびそれ以外の地域で「信頼できるAI」を促進することが目的です。

AI法では、AIの開発者と導入者に、AIの特定の用途に関する明確な「要件と義務」を規定しています。同時に、企業、特に中小企業(SME)の管理上および財務上の負担を軽減することを目指しています。

EUのAI法は、「AIに関する規制を強化する」という印象が強いですが、実際には「AI法」に加えて「AIイノベーションパッケージ」と「AIに関する調整計画」の3つがセットになっています。ですから、この3つのセットを基本として、EU全体のAI政策や今後の方向性を理解した上で、具体的な対応策を検討することが大切です。

ジェアディスでは、2023年7月に「エストニアとEUのAI戦略、公共サービスにおけるAIの利活用」をテーマにした会員限定の勉強会を開催しましたが、下記の通り資料を一般公開しました。
jeeadis_publicservice_ai_estonia.pdf
File Size: 7093 kb
File Type: pdf
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エストニアとEUのAI戦略
公共サービスにおけるAIの利活用
2023年7月1日
日本・エストニア EU デジタルソサエティ推進協議会 (JEEADiS:ジェアディス) 理事
牟田学

AI(人口知能)の状況
映画に見る人工知能
人工知能(AI)の現状と未来(2019)
AI・データの利用に関する契約ガイドライン 1.1版(2019)
大規模言語モデルとTransformer(1)
大規模言語モデルとTransformer(2)
生成AIの事例
日本のAI戦略:AI戦略2022
AIネットワーク社会推進会議 報告書2022
我が国のAIガバナンスの在り方 ver. 1.0(2021)
AI原則実践のためのガバナンス・ガイドライン ver. 1.1
AIの開発と軍用システム
AI発展の可能性と脅威
ハイブリッド戦に関連する19の技術
ウクライナ侵攻前後のサイバー攻撃
小型無人機(ドローン)の影響
電子戦(Electronic Warfare)と防衛産業

EUのAI戦略
EUとエストニアのAI年表(2016-2023)
EUのAI戦略(2018)
信頼できるAIのための倫理ガイドライン(2019)
EUのAI法案(2021)
欧州議会がAI法に関する交渉上の立場を採択
AI システムに適用される一般原則 (修正213)
有権者や選挙結果に影響を与えるために使用されるAI
AIの利用に関する政府や企業等の説明責任
EUのAI関係法令

エストニアのAI戦略
エストニアの「Kratt」と人工知能
エストニアのAIレポート(2019)
アイデアから総合的な制作と資金調達まで
エストニアの国家AI戦略(2019-2021)
エストニアにおけるAIの規制検討(2020)
エストニアAIの重要計画(2022-2023)
データガバナンスとオープンデータ
データパネルとデータサンドボックス 
エストニアの公共サービス
AIの活用事例

エストニアのAI公共サービス事例
Kratt(人工知能)プロジェクト
Bürokratt:オープンソースAI開発モデル
リモート公証サービス(Remote authentication)
Hans:エストニア議会のAI議事録作成
ディープフェイクと情報戦からの防御
AIを活用した教育の個別化 
OTT:失業者へのサービスを支援するAI
Vespia:企業向けのデジタルIDパスポート
AlphaChat:世界の言語でエストニアを紹介
Salme:裁判所の音声認識アシスタント
HUGO法務ボット:法律相談に応えるAI
Fyma:コンピューター ビジョン AI 
エストニアのeヘルスとAIサービス 
Better Medicine:放射線科医の作業を減らすAI  
Auve Tech:自動運転レベル4対応のモビリティ

ジェアディスは、2025年以降、EUのAI法が各加盟国の国内法において順次適用されていく中で、他国に先駆けて公共サービスの自動処理を実現してきたエストニアがどのように法整備を行い、AI法で規定するリスクに対して具体的にどのような対応をしてくのかを引続きフォローしていきます。

また、エストニアのAI活用について最新情報を踏まえた勉強会の開催や視察ツアー等の実施も検討したいと思います。

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エストニアの公的医療保険における個人データの処理

10/5/2024

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エストニアにおける公的医療保険の適用の際の個人データ処理は、次のように整理できます。医療機関ごとの診察券は不要で、受付で個人識別コード等の入力作業が無いことがわかります。

(1)患者による予約の申し込み

医療サービスを提供してもらいたい患者は、電話やインターネット経由で予約をします。この際に、自分の氏名と個人識別コードを提供します。

(2)医療機関による予約の受付

患者からの予約を受付けた医療機関は、患者の個人識別コードを利用して、かかりつけ医の登録や紹介状の有無を確認した上で、予約を確定するかどうかを決定します。

(3)予約当日の医療機関での受付

予約した患者は医療機関の窓口で身分証明書(写真付き住民IDカード)を提示して本人であることを証明します。IDカード取得が義務ではない15歳未満の人は、身分証明書の代わりに欧州健康保険カード(写真もICチップも無し)や学生証(写真あり、ICチップ無し)などを提示します。

医療機関によってはオンライン受付も可能です。この場合は、IDカードの電子証明書やスマートフォン等のアプリで利用できるデジタルID(スマートID)を使って医療機関のウェブサイト経由で受付を済ませることができます。
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(4)医療機関での診察等

医師は、患者の個人識別コードを利用して、患者の基本データ(アレルギーの有無等)や過去の治療・検査データ等を参照しながら、患者に最適の医療サービスを提供します。患者の医療データの利用は法令で定められているので、個々の患者の同意は不要です(オプトアウトは可能)。

エストニアの医師や看護師は、患者の過去の医療データ(生体情報等)を確認できるので、他人による成りすまし受診等は、医療従事者の協力が無い限り極めて困難です。医療機関における患者の本人確認の目的は、窓口で治療が必要な人を振るい落とすことではなく、患者の取り間違い等による事故が起きないように確実に患者を特定して、より適切で安全な医療サービスを提供することです。

エストニアでは、家庭医向けの臨床意思決定支援システムを導入して、医師による診察をコンピュータが支援しています。臨床意思決定支援システムは、対象患者の過去5年間の診断、投薬、検査、血圧測定値、ライフスタイル指標などのデータを収集・分析して、推奨される検査・治療法・処方量等を自動的に表示します。※AIによる医療診断ではありません。

​処方箋(原則デジタルのみ)を発行する際は、現在処方している他の医薬品等の相互作用を確認して、薬の量や種類を調整します。

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(5)医療保険金請求書(レセプト)の作成

医師が行った診療や処方の内容に基づいて、自動的に請求書が作成されます。請求書を作成する時に、医療機関の情報システムがXロード経由で「患者の最新の被保険者資格に関する情報」を参照します。被保険者資格の内容によって、医療機関が保険者や患者に請求する金額が変わってくるからです。

なお、エストニアでは、かかりつけ医による診療や処方箋の発行など、基本的な初期医療は無料となっており、患者の自己負担はありません。

被保険者資格情報へのアクセスは医療サービス提供者(医師、歯科医師、看護師、助産師、薬剤師)に限定されているので、一般の事務職員は閲覧することができません。請求書の作成は、医療サービス提供者の仕事です。

​​(6)医療保険金請求書(レセプト)の処理・支払い

エストニアでは、保険金請求の処理は医療機関への支払いまで全て自動化されているので、人間による審査等は行われません。返戻の処理も自動化されているので人的な負担はありません。

​すべての医療サービス提供者には、同じサービスに対して同額が支払われており、指導状況などの病院の特性による調整は行われません。

請求書のデータには患者の個人識別コードだけでなく請求書を作成した医師や薬剤師等の個人識別コードや資格登録コードも含まれています。
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