エストニアにおける新型コロナへの対応状況(2020年4月25日):出口戦略やオープンデータなどをお知らせしましたが、今回は、その後の状況をご紹介します。 (1)エストニアの現在の状況 2020年5月8日現在、エストニアの感染者数(Confirmed cases:確定値)は1725人、死者数は56人、退院者数277名となっています。約130万人の人口に対して、61,767のテスト(コロナウイルスの検査)が実施されています。感染者数の推定値(Active cases estimate)は、人口1万人あたり120人とされており、エストニア全体では約16,000人の感染者がいると考えられています。全てのデータやグラフは、コロナ統計データで入手できます。 人口当たりの推定感染者数が特に多いのは、首都タリン市があり人口が集中するHarjumaa郡(1万人あたり613人)と、Saaremaa郡(1万人あたり546人)です。離島であるSaaremaa地域には、早い段階で移動制限命令が出されています。 感染者数の増加は、4月上旬をピークに緩やかとなり、現在はかなり安定した状況です。推定感染者数(人口1万人あたり)のピークは2020年4月6日の753名となっています。 1日当たりの新規感染者数(確定値)のピークは2020年4月2日の93名です。 コロナウイルスの検査(テスト)も着実に進んでいます。現在までに、61,767(人口の5%弱)の検査が実施されました。1日当たりの検査数は多い時で2000件以上、現在は1500件ほど行われています。検査の手段については、ドライブインテストなど柔軟な対応をしています。検査方法の詳細は、Testing for the virusで確認できます。 (2)COVID-19危機出口戦略について 2020年4月22日に公表された「COVID-19危機出口戦略(The Strategy for Exiting the Situation Caused by the Spread of COVID-19)」は、2020年4月27日に政府の承認を受けて正式に決定されました。公表後に専門家や関連団体等から多くの意見があり、最終決定版にはそれらの内容を含めています。戦略は、関連法および同戦略において定められた組織体制の下で、実行されます。 なお、出口戦略と緊急事態の終了は、基本的には別のものです。緊急法第22条(緊急事態の終了)に規定されている通り、緊急事態の終了は「緊急事態を解決するための管理措置または対策を実施する必要がなくなった」後に、政府が決定します。 出口戦略は3つの段階(ステージ)に分かれています。 段階1 感染の発生の拡大:各種制限措置の実行(アウトブレイクの制御) 段階2 事態の安定化:制限の段階的な緩和 段階3 日常生活への復帰と次の大規模感染への準備 段階の移行は、定められた指標(データは毎日更新)を監視し、条件をクリアした場合に可能となります。すべての指標について、指標の動向を監視することがより重要であるため、目標値は設定していません。 状況は、赤・黄・青(緑)の信号形式で、わかりやすく示されています。例えば、段階1から段階2への移行は、次の条件(基準値)を満たす必要があります。なお、段階3への条件は将来決定されます。 ・過去7日間の平均感染数は、過去7日間の平均よりも少ない ・50歳以上のグループの14日間の合計感染数は476以下である ・14日間の平均入院COVID-19患者数は157人以下である ・1日あたりの14日間のCOVID-19集中治療室病床数は、20以下である 上記条件の他にも、推定値として、医療の利用可能性、政府のガイドラインと確立された措置に従う人々の準備状況、経済の全体的な健全性(具体的な経済指標を明示)、信頼措置を実施する機関の能力についても監視されます。つまり、4つの実測値の指標と、4つの推定値の指標に基づき、段階の移行が決定されることになります。当然、状況が悪くなれば、段階1に戻ることもあります。 緊急事態宣言は5月17日まで延長されていますが、現在のエストニアは第2段階にあるため、さらに延長される可能性もあります。 エストニア政府は、戦略の実施について、「現在の集団発生を制御したかどうか」および「将来起こり得る集団発生に対抗するためにどのような選択をしたか」によって異なると考えています。その上で、現在の発生を制御していると仮定した場合、次の4つのシナリオを想定しています。現在、Aのシナリオになるべく、具体的な対策の検討・実施を進めています。 A.波の警告:早期発見システムが開発されており、感染した人々と暴露された人々の隔離が提供されているため、現在の流行は衰え、新しい流行は防がれています。 B. 2番目の波:数か月後に第2波が発生します。これは現在よりやや小さいです。危機の教訓に基づいて、夏に発生する可能性のある別の波に備えており、迅速かつ効果的に対応することができます。 C.大規模な第2の波:数か月後には、現在の規模に匹敵する別のアウトブレイクが発生します。現在の緊急事態の経験を考慮して、同じまたはより厳しい制限を適用する準備が必要です。 D.波紋:現在よりもはるかに少ない程度ではありますが、感染の発生は数か月ごとに続きます。 制限緩和の優先順位は、(1)医療・ヘルスケアサービス、(2)教育機関、(3)その他のサービス等となっており、各業種やサービスごとに感染拡大リスクや緩和条件等を定めています。日本の要請や指示と異なり、ここでの制限は「罰則を伴う政府による禁止措置」を意味します。 どの制限をどのように緩和するかは、政府が毎週決定します。現在までに、野外博物館や博物館の屋外エリアが開放され、野外トレーニングセッションの実施などが許可されています。特に5月5日の決定で、かなり多くの活動が許可される可能性が出てきました。制限が解除(許可)される場合も、消毒液の設置等の衛生、社会的距離の確保(2メートル)、必要に応じたフェイスマスクの着用や手洗いなどの遵守が必要です。 経済、医療、国境管理については、出口戦略計画に合わせて、別途テーマ別の行動計画が策定されます。経済通信省は、2020年5月に戦略を実施するための利害関係者を巻き込み、経済指標を明記した経済回復行動計画を作成します。社会問題省は、2020年5月中に、早期発見と接触監視システムの開発を含むCOVID-19の新たな発生に対処するための医療システム準備計画を作成します。外務省は、パートナー国および利害関係者と協力して、商品と人々の自由な移動のための行動計画を策定します。 戦略の目的は、次の4つです。各目的に応じた運用ラインが定められています。 1 人々の肉体的および精神的健康を確保する 2 人々の生活を確保し、通常の生活に戻す 3 ビジネスの存続と競争力維持を支援する 4 国家の機能を確保する 戦略の全体像は、次の通りです。 少し解説すると、左側にあるのが運用ライン(OpL)で個別活動目標のようなものです。右側に4つのゴール(目的)があり、各運用ラインとつながっています。最上部に3つの段階(ステージ)があります。黄色の三角形に数字があるものは、望ましい状態(Desired state)で、各段階における状態や中間目標を示しています。望ましい状態とは、具体的には次の通りです。
△1. 個人用保護具と戦略的備品の入手可能性、および第一線の要員の妥当性が確保されている。 △2. 感染の発生が制御下にある。 △3. 人々が責任を持って行動している。 △4. 予定された治療が通常通り継続している。 △5. コンタクトティーチング(教師と生徒との学習接触)が継続している。 △6. 国内移動の制限が解除されている。 △7. 国境が開放されている中で、ウイルスの蔓延を防ぐ効果的な管理が保証される。 △8. ビジネス部門(企業、個人事業主等)が適応している。 △9. 困っている人々の生計が保証されている。 △10. 失業の増加が鈍化している。 △11. 社会は次の大規模感染発生への準備ができている。 △12. 人々の安全(外交、軍事、経済、社会)が保証されている。 これらを見ても、段階3への移行は、かなりハードルが高いと言えるでしょう。 日本の出口戦略は検討段階のようですが、いくつかの段階に分けた上で、指標や基準等を明示することで、人々や企業の不安を緩和することが可能なのではないでしょうか。 エストニアの電子政府を支えているのは、Xロードだけではありません。今回は、エストニアのデジタル国家の基礎となっている住民登録データベースを紹介し、それに付随する身分証明書の法制度も紹介したいと思います。住民登録データベースは、今回のような新型コロナ問題への対応でも大活躍しており、住民だけでなく自治体職員など公務員の負担軽減にも役立っています。 (1)エストニアの住民登録データベース エストニアの住民登録データベース(Estonian population register)は、公共情報法や人口登録法に基づき作成されるもので、国家運営の基礎となる最も重要な唯一無二の公的データベースです。2018-2019年にかけて、GDPR施行に合わせた国内法改正の影響を大きく受けていますが、基本的な考え方は変わっていません。 データ管理者は国(内務省)で、必要な範囲で処理者を任命しています。日本では各自治体で住民データを管理していますが、エストニアの場合は国が一括管理して、自治体は「国が管理するデータの利用者」という位置づけです。 データは原則として永久保存され、データ処理は専用ソフトウェアで行なわれます。データへのアクセスは業務範囲のデータに限定して許可され(機密情報)、データの正確性が推定されます。全てのデータ処理やアクセスに関する情報が記録され、定期的なデータ監査が義務付けられています。 人口登録法の構成は、次の通りです。「住民登録データベース管理法」と言っても良いかもしれません。 第1章 一般条項 第2章 住民登録簿の管理者と処理者 第3章 住民登録簿の維持管理 第4章 住民登録簿のデータ構成 第5章 登録簿へのデータ提出 第6章 登録簿のデータ主体の地位 第7章 個人識別コード 第8章 登録簿のデータへのアクセス 第9章 住所 第10章 居住の通知 第11章 地方自治体による居住データの入力 第12章 所有者の要請による居住データの修正 第13章 住所変更のその他の根拠 第14章 滞在先住所、連絡先の詳細、追加住所 第15章 紛争の監督と解決 第16章 条項の実施 第17章 法改正 エストニアの個人番号(個人識別コード)は、この人口登録法の中で規定されており、日本のようなマイナンバー法はエストニアにはありません。この意味では、日本の住民票コードに近いと言えるでしょう。 エストニアの個人識別コードを日本のマイナンバーと比較すると、次のようになります。 エストニアには、日本の戸籍のような仕組みはありません。基本的な個人情報は、住民登録データベースに統合されています。登録される個人データは、次の通りです。 1 氏名 2 性別 3 出生データ(生年月日、出生地) 4 個人識別コード 5 市民権・国籍に関するデータ 6 住居に関するデータ 7 追加住所 8 連絡先の詳細(メールアドレス、ポストボックス番号、電話番号) 9 滞在先の住所 10 婚姻状態に関するデータ (独身、既婚、死別、離婚) 11 親権に関するデータ (親権者、保護者、親権の回復・制限・剥奪など) 12 後見に関するデータ (後見人の氏名、後見開始終了時刻、後見人の同意なしに可能な取引など) 13 有効な法的能力の制限、投票権の剥奪に関するデータ 14 死亡に関するデータ (死亡時間・場所、埋葬地、死亡原因など) 15 母親、父親、配偶者、子供に関するデータ(個人識別コードなど) 16 教育の最高達成レベル(最終学歴) 17 民族籍、母国語、教育 (※統計目的の任意提出・登録データとして) その他 a 個人データに関連する文書のデータ (発行した身分証明書、外国人居住・就労許可証など) b 有権者登録データ(有権者リストおよび有権者カードの作成で利用) c 手続に関するデータ(統計データとして利用) d 登録簿の維持管理に役立つデータ(データ提出、データへのアクセス、アクセス制御、分類コードなど) ちなみに、日本の住民票の個人データは、次の通りです。 1 氏名 2 生年月日 3 性別 4 世帯主の氏名(世帯主との続柄) 5 戸籍の表示 6 住民となった年月日 7 住所、住所を定めた年月日 8 (他の市町村から転入した場合)住所を定めた旨の届出の年月日、従前の住所 8の2 個人番号 9 選挙人名簿への登録の有無 10 国民健康保険の被保険者資格に関する情報 10の2 後期高齢者医療の被保険者資格に関する情報 10の3 介護保険の被保険者資格に関する情報 11 児童手当の受給資格に関する情報 12 米穀の配給に関する情報 13 住民票コード 14 住民の福祉の増進に関する情報(市町村長が事務管理・執行するもの) 日本の住民データ管理で、エストニアと異なるのは、紙台帳の名残り、戸籍との併存、世帯単位、自治体単位、主キーの不存在などです。ですから、戸籍と住民基本台帳を整理統合し、個人単位のデジタル処理を前提とする仕組みとして再設計・再構築し、国が一括管理するようにすれば、エストニアの住民登録データベースに近いものになります。個人的には、次世代型の電子政府を実現するためには、日本もその方向で進めるべきと考えています。 (2)エストニアの身分証明書制度 日本のマイナンバーカードは、住民サービスの視点で語られることが多いですが、エストニアの国民IDカードを始めとした身分証明書の制度は、基本的には安全保障の視点で作られています。そのため、身分証明書の管理・発行は、国内の安全保障を所管する内務省の配下にある警察・国境警備局が行っています。 公的な機関が発行する身分証明書については、身分証明書法に基づき、住民登録データベースとは別の「身分証明書データベース(identity documents database)」で登録・管理されています。身分証明書データベースの主目的は、住民サービスの提供ではなく、「公共の秩序と国家安全の確保」です。 身分証明書法は、身分証明書の要件を定め、エストニア共和国がエストニアの市民および居住者に身分証明書を発行することを規定する法律です。身分証明書は、原則として「国の機関が発行する文書で、所有者本人の氏名、生年月日、個人識別コード、写真(顔画像)、署名(署名画像)を記載したもの」と定義されます(住所情報は含まれない)。オンライン上の本人確認手段としてのデジタルIDも規定されます。 15歳以上のエストニア市民は、身分証明書を取得する義務があります。初めて身分証明書を取得する場合は、警察・国境警備局が本人確認を行った上で、身分証明書データベース(identity documents database)に登録します。顔写真や指紋等の生体情報の登録も必要です。厳密な身元確認は、身分証明書の所有者の生体情報と身分証明書に記録された生体情報を比較して行なうことになっています。 身分証明書法の構成は、次の通りです。 第1章 一般条項 第2章 身分証明書の要件 第3章 身分証明書の発行と失効等 第4章 身分証明書の有効性と検証 第5章 IDカード 第5-1章 デジタルIDカード 第5-2章 eレジデンシー(電子居住)のデジタルIDカード 第5-3章 外交用IDカード 第6章 エストニア市民の旅行書類(旅券) 第7章 外国人の旅行書類 第8章 帰国証明書および帰国許可証 第9章 条項の実施 身分証明書の種類と記載情報は、次の通りです。 安全保障の視点には、戦争やテロだけではなく、今回のコロナ問題のようなパンデミックやエピデミック、大規模地震のような広域災害なども含まれます。実際、エストニアの企業や市民は、新型コロナ問題に関連する経済的な支援を、オンライン経由で簡易に受けることができました。 日本でも、安全保障の観点から、エストニアのような住民データベースと身分証明書制度が確立されることに期待します。 |
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6月 2023
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一般社団法人 日本・エストニアEUデジタルソサエティ推進協議会
Japan & Estonia EU Association for Digital Society ( 略称 JEEADiS : ジェアディス)
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