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エストニアの2025年地方選挙(10月19日実施)では、与党の改革党(Reform Party)が前回比7.3ポイント減の10.0%にとどまり、前回比で大幅減となり、主要政党の中で最も支持を失いました。これは国民の不満(税制の混乱や国家レベルの政策ミスへの反発)が反映された結果で、リベラル・中心右派の改革党に対する罰則的な投票行動と分析されています。 選挙結果の詳細(公式:エストニア選挙委員会) エストニアの2025年地方選挙:勝者と敗者(ERR エストニアの国営メディアの記事) 一方、保守的な政党のIsamaa(祖国党)は18.6%(前回比上昇)を獲得し、全国得票率で政党間では2位(中央党 Centre Partyの21.1%に次ぐ)となりました。Isamaaは国民アイデンティティの強調、家族支援、地元企業振興、エストニア語教育の推進といった保守的・伝統志向の政策を掲げ、タルトゥ市で改革党の約30年にわたる支配を打破する勝利を収め、地域(タルトゥ、パルヌ、ヴィリャンディなど)で複数自治体を制覇した点が注目されます。 全体の全国得票率トップは、無所属グループ(electoral unions/local blocks)が23.9%で首位となっています。これはエストニアの地方議会選挙の特徴で、特定の全国政党に所属しない無所属の候補者や地元中心の選挙連合が非常に多く、投票者の約4人に1人がこうした選択をすることで、地元優先の現実主義を重視する傾向を示しています。 次いでCentre Party(中央党:中道左派)が21.1%で2位(政党間では1位)、Isamaa(祖国党)が18.6%で3位(政党間では2位)、与党である改革党(Reform Party)が10.0%で4位(政党間では3位)と続きました。中道リベラルのEesti 200も大敗(前回比減)し、リベラル勢力全体の低迷が目立ちました。 今回の選挙結果で、国民はリベラル政党(改革党やEesti 200)よりも、穏健な保守政党(祖国党 Isamaa)を好む傾向を示しました。ただし、極端なナショナリズムを体現する極右のEKRE(エストニア保守人民党)は、全国得票率で前回を下回る低調な結果(具体的な全国率は公表値で約4-5%台と推定され、最大の敗者の一人)となり、支持を伸ばせませんでした。特に首都タリン市では、市議会での議席獲得に必要な5%閾値に達せず、極右ポピュリズムへの警戒が国民の間で強まったことを示唆します。 近年は50%前半で推移する投票率が約60%と高いことから、地元優先の現実主義がリベラル疲労を上回った形と言えそうです。なお、今回の選挙は非EU市民の投票権剥奪(ロシア・ベラルーシ系住民の約7万人が対象)という異例の背景もあり、国民の安全保障意識が保守シフトを後押しした可能性があります。 エストニア政府の政策的な失敗 与党の改革党は、経済政策では低税制、市場自由主義、起業家支援を強調する右派寄りの立場を取る一方、社会政策ではLGBTQ+権利の推進や移民の統合を支持するリベラルな側面を持っています。これまでに、同性婚の法制化などを実施しています。 税制の混乱とは、2025年当初、個人所得税率を現行20%から22%に引き上げる計画が発表され、企業所得税の分配比率も20/80から22/78へ変更するとしましたが、国民の反発を受けて臨時的な「防衛税(defense tax、2026〜2028年対象)」が廃止され、所得税増税も事実上棚上げになった経緯のことです。この政府の迷走は、企業や個人事業主の税務計画の混乱と行政負担の増大をもたらしただけでなく、11年連続でEUの税競争力トップを維持するエストニアの国家ブランドを傷つけることにもなりました。 国家レベルの政策ミスとは、連立政府の不安定さと実行力不足により、税制改革や福祉政策の推進が停滞し、ゼロベース予算編成(zero-based budgeting)の公約も履行されないなど、いくつもの失敗が重なったことです。また、ウクライナ支援の強硬姿勢は支持された一方、国内のインフレ対策(2025年インフレ率3.5%)や住宅政策の遅れが、国民の日常生活に直結する「ミス」として不満を蓄積し、これらが「リベラル疲労(liberal fatigue)」を招き、地元優先の投票行動を促したと分析されています。 エストニアの選挙の特徴と日本との違い エストニアの選挙は比例代表方式に統一されていますが、国と地方で当選の基準が異なります。国政選挙では「全国単位の比例配分」を行い、全国的政党の議席比を調整しますが、地方議会選挙では自治体ごとに政治的争点が異なるため、完全に自治体内完結型の比例代表制となっています。「全国での政党得票」は参考値として算出されますが、議席配分には影響しません。 各候補者には選挙区ごとの個人票取得最低ラインがあるので、日本のようなゾンビ復活が起きにくい仕組みになっています。国政選挙の場合、はじめに、選挙区で合格ライン以上の得票をした個人が当選し、2番目に、選挙区で最低ライン以上の得票をした個人が、各政党の「選挙区の得票数」に応じて政党の候補者リストの順番で当選し、最後に、選挙区で最低ライン以上の得票をした個人が、各政党の「全国の得票数」に応じて政党の候補者リストの順番で当選します。 この仕組みにより、いわゆる「死に票」も最小化されて、明らかに得票数が少ない候補者の「ゾンビ復活」も防ぐことができます。 地方選挙の場合は、上記の2番目までで終わります。具体的には、地方自治体議会選挙法に基づき、次のような手順になります。 (1)個人当選(Personal Mandate) 選挙区(自治体内の投票区)で、一定の「選挙区定数 ÷ 有効投票数」から算出される選挙区の割当得票数(simple quota)を超えた候補者は、個人として即時当選します。 (2)リスト当選(List Mandate) 各リスト(政党または無所属グループの名簿)の選挙区内得票数に応じて、そのリスト内の上位候補者が当選します。政党も無所属グループも「その自治体内」での得票に比例して議席を獲得する仕組みです。 (3)残余票配分(Compensation Mandate) 1と2の当選後に議席数が余っている場合、各リストの残余得票に基づき、ドント方式でその自治体内で残りの議席を割り振ります。国政のような「全国補正」はありません。 2025年地方選挙におけるインターネット投票の変化 2025年の地方選挙においても、例年通りにインターネット投票が行われて、問題なく実施・集計されました。有権者の利便性の観点からの変化として、投票時の本人確認をスマートID(Smart-ID:スマートフォン等のモバイル端末のアプリ上で使用)でも可能になったことです。 これまでは、IDカード(電子証明書を格納したICカード型の身分証明書)、モバイルID(SIMカードにICチップを付けて電子証明書が使えるようにした携帯電話)で本人確認(認証・署名)を行っていましたが、スマートIDが追加されたことで、より利便性が高くなりアクセスしやすくなりました。 ただし、インターネット投票自体は、パソコンに専用の投票アプリケーションをダウンロード・インストールして行います。「スマホだけではインターネット投票を完結できない」ということですが、これは投票アプリの署名処理が、パソコン環境での暗号化署名(IDカードまたはモバイルID/Smart-ID)を前提としているためです。 エストニアのインターネット投票の利用率(データ出典:valimised.ee)
インターネット投票の利用率は45.8%で、前回の地方選挙(2021年)46.6%と、ほぼ同じぐらいでした。インターネット投票の利用率は地域差があり、首都タリンのあるハリュ郡では54.1%と半数以上の投票者がネット投票を選択しています。 今回の選挙については、インターネット投票に関する詳細な統計データがまだ公表されていませんが、例年では全体のネット投票利用率が50%前後、期日前投票のネット投票利用率が60-70%、在外投票のネット投票利用率が80-90%となっています。日本でインターネット投票を実現する場合も、まずは投票者のニーズが最も高いと考えられる在外投票から始めるのが良いでしょう。 なお、エストニアのインターネット投票では、ネット投票した後に、期日前の紙投票や選挙日当日の紙投票により、ネット投票を取り消す(紙の投票が優先されて有効になる)ことができます。実際には、紙の投票でネット投票を取り消すケースは少なく、多い年でも0.5%未満となっています。
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エストニアのデジタル国家は、「政府や政治家は信頼できない」ことを前提に作られており、常に「透明性」を重視しています。今回は、日本でも話題になっている「政党や政治資金の透明性」について、エストニアの取り組みを紹介します。
エストニアには、国民や住民を一意に識別できる個人識別コード(個人番号)があります。日本のマイナンバーと大きく異なるのは、エストニアでは個人識別コードを利用して「国民による政府の監視」を実現していることです。 政治家や公務員は、公的な業務を遂行する上で、IDカードやデジタルID(電子証明書)により本人確認を行い、「誰が何の目的で誰の個人データにアクセスしたのか」の履歴を記録する際に、政治家や公務員の氏名と個人識別コードも記録されます。大臣が電子署名した公文書を検証すれば、大臣の氏名と個人識別コードが確認できます。 個人識別コードは個人データですが、法令に根拠がある場合は、公開されることがあります。例えば、eビジネス登録簿(法人等の登記簿)では、政党の登記情報が誰でもオンラインで閲覧できるように公開されています。この中で、カラス首相が在籍するエストニア改革党の情報を見ると、代表権を持つ役員リストの中に、カラス首相(Kaja Kallas)の氏名と個人識別コードが表示されているのがわかります。 さらに画面をスクロールさせていくと、政党の受益者リストもあり、やはり氏名と個人識別コードが表示されます。これは、法人の受益者情報を明らかにすることが、マネーロンダリング及びテロ資金供与防止法で義務付けられているからです。 政治資金の透明性については、専門の監視機関である「党財政監視委員会」が設置されています。党財政監視委員会のウェブサイトでは、政党の財政データが公開されています。選挙で使われるお金については、選挙・候補者ごとに経費の内訳データを検索・表示・取得できます。 金額の大小に関わらず、各政党の全ての収入データも公開されています。寄付者の氏名と生年月日も公開されますが、日本のように寄付者の住所は公開されません。エストニアでは、個人の住所情報は日本より慎重に取り扱われる傾向があります。 党の会計年度報告書はオンライン提出が義務となっており、政党への寄付や支出については、誰でも加工・分析できるように機械可読形式のオープンデータ(JSON形式のAPIを通じて)公開されています。 エストニアでは、公共部門のオープンデータへのアクセスは、国家運営の透明性、国民の参加、経済活性化、研究、公共部門の効率性などに重大な影響を与えるもので、情報社会の基本的な権利の1つとして、憲法や公共情報法で保障されています。 政党の収入源については、法令で厳しく制限されている(抜け道が少ない)ため、日本のような政治資金パーティーは開催されません。エストニアの政党の財政は、そのほとんどが国の支援(政党交付金)と個人の寄付により成り立っています。寄付の規制は日本より厳しく、法人による政党への寄付(企業献金)も法律で禁止されています。また、匿名の寄付、エストニアの永住権や長期滞在資格を持たない外国人からの寄付も禁止されています。そのため、寄付を受付ける際は、寄付者の「氏名と個人識別コード」を取得し記録します。 日本と比べると、エストニアにおける政治資金の透明性は高いと言えるでしょう。デジタル技術を活用して、個人識別コードから政治家や公務員の公務の遂行状況を監視・追跡できる仕組みも確立しています。政府がデジタル化を進める上で、最もデジタル化が必要なのは強い権限を持つ政治家や公務員、警察や検察、裁判官などであることを、日本でも広く認識されるようになることを願います。 |
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一般社団法人 日本・エストニアEUデジタルソサエティ推進協議会
Japan & Estonia EU Association for Digital Society ( 略称 JEEADiS : ジェアディス)
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