エストニアの電子政府を支えているのは、Xロードだけではありません。今回は、エストニアのデジタル国家の基礎となっている住民登録データベースを紹介し、それに付随する身分証明書の法制度も紹介したいと思います。住民登録データベースは、今回のような新型コロナ問題への対応でも大活躍しており、住民だけでなく自治体職員など公務員の負担軽減にも役立っています。 (1)エストニアの住民登録データベース エストニアの住民登録データベース(Estonian population register)は、公共情報法や人口登録法に基づき作成されるもので、国家運営の基礎となる最も重要な唯一無二の公的データベースです。2018-2019年にかけて、GDPR施行に合わせた国内法改正の影響を大きく受けていますが、基本的な考え方は変わっていません。 データ管理者は国(内務省)で、必要な範囲で処理者を任命しています。日本では各自治体で住民データを管理していますが、エストニアの場合は国が一括管理して、自治体は「国が管理するデータの利用者」という位置づけです。 データは原則として永久保存され、データ処理は専用ソフトウェアで行なわれます。データへのアクセスは業務範囲のデータに限定して許可され(機密情報)、データの正確性が推定されます。全てのデータ処理やアクセスに関する情報が記録され、定期的なデータ監査が義務付けられています。 人口登録法の構成は、次の通りです。「住民登録データベース管理法」と言っても良いかもしれません。 第1章 一般条項 第2章 住民登録簿の管理者と処理者 第3章 住民登録簿の維持管理 第4章 住民登録簿のデータ構成 第5章 登録簿へのデータ提出 第6章 登録簿のデータ主体の地位 第7章 個人識別コード 第8章 登録簿のデータへのアクセス 第9章 住所 第10章 居住の通知 第11章 地方自治体による居住データの入力 第12章 所有者の要請による居住データの修正 第13章 住所変更のその他の根拠 第14章 滞在先住所、連絡先の詳細、追加住所 第15章 紛争の監督と解決 第16章 条項の実施 第17章 法改正 エストニアの個人番号(個人識別コード)は、この人口登録法の中で規定されており、日本のようなマイナンバー法はエストニアにはありません。この意味では、日本の住民票コードに近いと言えるでしょう。 エストニアの個人識別コードを日本のマイナンバーと比較すると、次のようになります。 エストニアには、日本の戸籍のような仕組みはありません。基本的な個人情報は、住民登録データベースに統合されています。登録される個人データは、次の通りです。 1 氏名 2 性別 3 出生データ(生年月日、出生地) 4 個人識別コード 5 市民権・国籍に関するデータ 6 住居に関するデータ 7 追加住所 8 連絡先の詳細(メールアドレス、ポストボックス番号、電話番号) 9 滞在先の住所 10 婚姻状態に関するデータ (独身、既婚、死別、離婚) 11 親権に関するデータ (親権者、保護者、親権の回復・制限・剥奪など) 12 後見に関するデータ (後見人の氏名、後見開始終了時刻、後見人の同意なしに可能な取引など) 13 有効な法的能力の制限、投票権の剥奪に関するデータ 14 死亡に関するデータ (死亡時間・場所、埋葬地、死亡原因など) 15 母親、父親、配偶者、子供に関するデータ(個人識別コードなど) 16 教育の最高達成レベル(最終学歴) 17 民族籍、母国語、教育 (※統計目的の任意提出・登録データとして) その他 a 個人データに関連する文書のデータ (発行した身分証明書、外国人居住・就労許可証など) b 有権者登録データ(有権者リストおよび有権者カードの作成で利用) c 手続に関するデータ(統計データとして利用) d 登録簿の維持管理に役立つデータ(データ提出、データへのアクセス、アクセス制御、分類コードなど) ちなみに、日本の住民票の個人データは、次の通りです。 1 氏名 2 生年月日 3 性別 4 世帯主の氏名(世帯主との続柄) 5 戸籍の表示 6 住民となった年月日 7 住所、住所を定めた年月日 8 (他の市町村から転入した場合)住所を定めた旨の届出の年月日、従前の住所 8の2 個人番号 9 選挙人名簿への登録の有無 10 国民健康保険の被保険者資格に関する情報 10の2 後期高齢者医療の被保険者資格に関する情報 10の3 介護保険の被保険者資格に関する情報 11 児童手当の受給資格に関する情報 12 米穀の配給に関する情報 13 住民票コード 14 住民の福祉の増進に関する情報(市町村長が事務管理・執行するもの) 日本の住民データ管理で、エストニアと異なるのは、紙台帳の名残り、戸籍との併存、世帯単位、自治体単位、主キーの不存在などです。ですから、戸籍と住民基本台帳を整理統合し、個人単位のデジタル処理を前提とする仕組みとして再設計・再構築し、国が一括管理するようにすれば、エストニアの住民登録データベースに近いものになります。個人的には、次世代型の電子政府を実現するためには、日本もその方向で進めるべきと考えています。 (2)エストニアの身分証明書制度 日本のマイナンバーカードは、住民サービスの視点で語られることが多いですが、エストニアの国民IDカードを始めとした身分証明書の制度は、基本的には安全保障の視点で作られています。そのため、身分証明書の管理・発行は、国内の安全保障を所管する内務省の配下にある警察・国境警備局が行っています。 公的な機関が発行する身分証明書については、身分証明書法に基づき、住民登録データベースとは別の「身分証明書データベース(identity documents database)」で登録・管理されています。身分証明書データベースの主目的は、住民サービスの提供ではなく、「公共の秩序と国家安全の確保」です。 身分証明書法は、身分証明書の要件を定め、エストニア共和国がエストニアの市民および居住者に身分証明書を発行することを規定する法律です。身分証明書は、原則として「国の機関が発行する文書で、所有者本人の氏名、生年月日、個人識別コード、写真(顔画像)、署名(署名画像)を記載したもの」と定義されます(住所情報は含まれない)。オンライン上の本人確認手段としてのデジタルIDも規定されます。 15歳以上のエストニア市民は、身分証明書を取得する義務があります。初めて身分証明書を取得する場合は、警察・国境警備局が本人確認を行った上で、身分証明書データベース(identity documents database)に登録します。顔写真や指紋等の生体情報の登録も必要です。厳密な身元確認は、身分証明書の所有者の生体情報と身分証明書に記録された生体情報を比較して行なうことになっています。 身分証明書法の構成は、次の通りです。 第1章 一般条項 第2章 身分証明書の要件 第3章 身分証明書の発行と失効等 第4章 身分証明書の有効性と検証 第5章 IDカード 第5-1章 デジタルIDカード 第5-2章 eレジデンシー(電子居住)のデジタルIDカード 第5-3章 外交用IDカード 第6章 エストニア市民の旅行書類(旅券) 第7章 外国人の旅行書類 第8章 帰国証明書および帰国許可証 第9章 条項の実施 身分証明書の種類と記載情報は、次の通りです。 安全保障の視点には、戦争やテロだけではなく、今回のコロナ問題のようなパンデミックやエピデミック、大規模地震のような広域災害なども含まれます。実際、エストニアの企業や市民は、新型コロナ問題に関連する経済的な支援を、オンライン経由で簡易に受けることができました。 日本でも、安全保障の観点から、エストニアのような住民データベースと身分証明書制度が確立されることに期待します。 コメントの受け付けは終了しました。
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3月 2024
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一般社団法人 日本・エストニアEUデジタルソサエティ推進協議会
Japan & Estonia EU Association for Digital Society ( 略称 JEEADiS : ジェアディス)
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