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本稿では、エストニアのデジタル国家におけるソフトウェア公開の実態を整理し、日本で混同されがちな「オープンソース化」と「公的ソフトウェアの公開」を区別します。エストニアはオープンソースソフトウェア (OSS)を原則とせず、国家資産としてのソフトウェアを法制度に基づき原則公開することで、再利用・透明性・安全保障を両立しています。 デジタル庁が、令和7年(2025年)11月18日にオープンソース化・OSS利活用に関する有識者検討会(第1回)を開催しました。 同検討会の目的は、次の通りです。 ”デジタル庁は、令和6年度に実施した、諸外国政府等によるオープンソース化・OSS利活用の取組及びアジャイル開発に関する調査結果を基に、それぞれの専門的知識・経験を有する有識者の意見等を踏まえ、我が国における情報システム調達に係るオープンソース化・OSS 利活用に向けた基本的な方針等について検討を進めるため、オープンソース化・OSS 利活用に関する有識者検討会(以下「有識者検討会」という。)を開催する。” 「諸外国政府等によるオープンソース化・OSS利活用の取組及びアジャイル開発に関する調査結果」はネット上で見つけることができませんでしたが、検討会(第1回)の配布資料として、「オープンソース化・OSS利活用に関する有識者検討会(第1回)事務局提出資料」が、デジタル庁の 戦略・組織グループ 調達支援・改革担当から提供されています。 こうした有識者による検討会の必要性は別として、日本でも「国や自治体が税金を使って作成したソフトウェアについて、どのように国民や社会へ広く還元していくことができるか」を検討するようになったことは歓迎すべきことです。 以下、日本での議論の参考になるように、エストニアの取り組みについて解説します。 デジタル国家のソフトウェアのソースコード公開 エストニア政府は、「デジタル国家のソフトウェアのソースコード公開」を行っていますが、これはオープンソース化ではありません。データ交換レイヤーであるX-Roadのようにオープンソース化されることはありますが、それは一般的なことではありません。 エストニアでは、所有権の一部または全部が国(共和国政府)に属するコンピュータプログラム(国有ソフトウェア)についての公開方法や条件を国有財産法で規定しています(法28-1から28-4条)。国有財産とは、「国に属する金銭的に評価された権利と義務の集合体」を意味します。 国有財産法の第3章「国有財産の使用のための提供」のセクション2「公衆が無料で使用できるように国のソフトウェアを提供し、国の資産管理者間で国のソフトウェアを使用する 」 の中で、国有ソフトウェアの公開を規定しています。 ソフトウェアの公開は「オープンソース」という用語を使わず、単に「一般公衆利用(use to the public)」と規定されています。これは、国際的なオープンソース定義(OSI基準:自由な利用・改変・再配布)を強制せず、柔軟性を保つための工夫と考えられます。 第28-1条 国のソフトウェアの無償の公衆利用のための提供 (1)国のソフトウェアを無償で公衆に利用可能とすることは、国の資産管理者が、この条に定める手続きに従い、使用契約に基づき、国のソフトウェアのソースコードを無償で、かつ無期限に、無制限の数の者に利用可能とすることを意味する。 (2)この法律の適用上、国営ソフトウェアとは、著作者の財産権の一部または全部が国に属するコンピュータプログラムをいう。 上記の条文内の「使用契約に基づき」というのが重要で、MITなどのOSIライセンスではなく「契約ベース」の柔軟性を持たせています。 国有ソフトウェアを一般無料公開(公衆への自由な使用の提供)するかどうかは、国有資産の管理者が決定します。使用を提供する決定には、提供された国有ソフトウェアの「説明」と「使用条件」に関する情報を含める必要があります。提供方法は、ソフトウェアの「ソースコード、説明、使用条件」の情報をウェブサイトへのリンクを追加することで行われます。 どのような「使用条件」を採用するかは、ソフトウェア公開の単位となる「プロジェクト」によって異なります。作成したソフトウェアが他のオープンソースを再利用している場合は、そのオープンソースが採用するライセンスも影響します。 一般無料公開されていない国有ソフトウェアの管理者は、国や地方自治体等の他の公的機関が同ソフトウェアを無料で使用できるようにする必要があります。この規定により、公開しない場合でも内部共有を保証しています。国や地方自治体が法律に基づく義務を履行するために、国有地等の国有財産を使用する場合に準じた規定と言えます。 国家に悪影響を及ぼす場合は、国有ソフトウェアの一般無料公開を禁止しています。特に、サイバーセキュリティへのリスク、使用分野の特殊性、ソフトウェアの使用から生じる公序良俗と国家安全保障への潜在的な脅威が考慮されます。一般無料公開した後に、国家に悪影響を及ぼすことが明らかになった場合は、公開を中止(使用契約の取消)することができます。 国有ソフトウェアに対する財産権の一部が国に所有されている場合、所有者に属する財産権の範囲でのみ、一般無料公開することができます。一般無料公開し、使用条件を定める際には、国有ソフトウェアの著作者の人格権を考慮しなければいけません。 このように、エストニアでは「税金で開発されたソフトウェアは、原則として一般無料公開する」が基本となっています。これは情報公開制度の基本的な考え方とも合致します。その目的は法令で明記されていませんが、国有財産法の目的や趣旨に従って、税金の有効活用、再利用の促進、透明性向上、コミュニティによる改善などで説明されます。 日本のデジタル庁の資料では「省庁内 → 自治体限定 → 一般公開」と段階的に「オープンソース化」を進め、「限定的公開」をOSSの一形態として扱うような記述が見られますが、この辺りの定義を曖昧にすると混乱を招きかねません。 エストニアは原則公開ですが、最終的な決定権は国有財産の管理者権限としています。公開できないものは内部(国・自治体)で無償利用可能にしつつ、「オープンソース」というラベルを避け、実質的な公開・再利用を優先しています。 「実を重視した」公開プラットフォームの使い分け (1)電子政府コードリポジトリ:国有ソフトウェアの公式保管庫 2026年1月現在、国有ソフトウェアを公開するウェブサイトとして「電子政府コードリポジトリ(koodivaramu.eesti.ee)」がGitLabを使って運営されています。同サイトの運営主体は、法務デジタル省(経済通信省から移管)の国家情報システム局(RIA)です。 電子政府コードリポジトリにアクセスすると、エストニア語の説明と共にログイン画面が表示されるので、一般利用できないと誤解されることがありますが、このログインは管理者や国・自治体等の職員が限定ソースコード等へアクセスする時に必要なものです。一般利用者の場合は、「otselink avalikustatud projektidele on siin」にあるリンク箇所「siin」をクリックすると一般公開されているプロジェクトが表示されます。 電子政府コードリポジトリの概要を整理すると次の通りです。次に紹介するGitHubと比べると、静的・保管重視の性格が強く、行政文書のように「公式記録」としての役割を果たしています。 特徴:
目的と役割:
アクセス:
(2)GitHub:動的・外部コラボレーションを重視 エストニア政府は外資の民間サービスであるGitHubも積極活用しており、特に国際的に広がりやすいプロジェクトやコミュニティ参加を強く求める場合に使います。 具体例として、 Bürokratt(政府チャットボット/サービスハブ) 全プロジェクト公開し、高レベルアーキテクチャは電子政府コードリポジトリにもミラー 電子政府の構成要素(ビルディングブロック) 政府機関が開発した電子政府の構成要素(認証、文書交換基盤など)を集約 国家情報システム局(RIA)の公式GitHub Xロードのメンテンナンスされていないレポジトリ等を公開 静的・保管重視の性格が強い電子政府コードリポジトリとは別に、動的な公開形式としてGitHubも併用することで、外部技術者とのコミュニケーションが容易になり、国際貢献や採用を促進する狙いもあります。 GitHubのネットワーク効果で、世界中の開発者が発見・貢献しやすいのも利点です。プロトタイプやオープンイノベーション向けなので、政府内部で成熟した後、または最初からグローバル志向のプロジェクトはGitHubへ公開する傾向が見られます。多くの場合、電子政府コードリポジトリにメインリポジトリを置き、GitHubにミラーや一部公開するハイブリッド運用も見られます。 このように電子政府コードリポジトリ(koodivaramu.eesti.ee)を「一次保管庫・公式アーカイブ」とし、GitHubを「宣伝・コラボ窓口」として使い分ける方法は、安全保障やデジタル主権の観点からも有効なので、日本でも参考にして欲しいと思います。 (3)X-Road:オープンソースとして国際的な地位を確立 エストニアのデジタル国家のソフトウェアとして、明確にオープンソースと呼べるのは、X-Road(データ交換基盤)ぐらいでしょう。 他の多くの政府システム(例: e-Health、e-Tax、デジタルID関連コンポーネントなど)は、電子政府コードリポジトリで公開されているものの、プロジェクトごとにライセンスが異なり、一部は制限付きや内部利用優先のものが多く、国際的なオープンソースコミュニティで広くフォーク・貢献されるレベルまで到達していないケースがほとんどです。 一方、X-Roadは例外的に完全にオープンソースとして設計・運用されており、エストニアのデジタル成功の象徴として国際的に認知されており、実際に多くの国で採用されています。オープンソースとしてのX-Roadの特徴は次の通りです。 開発元・管理主体: 当初はエストニアの国家情報システム局(RIA)が開発。現在はエストニア政府の管理下を離れ、Nordic Institute for Interoperability Solutions (NIIS)がコア開発・メンテナンスを主導して国際協力体制を確立しています。 公開時期: 2001年に稼働開始し、2016年にGitHubでフルソースが公開されました。 リポジトリ:https://github.com/nordic-institute/X-Road NIISによるメンテナンス実施、アクティブに稼働中。現在は、7.8.0 betaリリースなどを継続開発。 ライセンス:MIT License(非常に寛容なパーミッシブ・ライセンス)。誰でも商用・非商用問わず自由に使用・改変・配布可能。第三者依存ライブラリもオープンソース。 コア機能とアーキテクチャの特徴:
採用・国際展開:
このように、X-RoadはMITライセンスにより、商用製品への組み込みも自由(例: 企業がクローズド製品にX-Roadを基盤として使用)で、活発なコミュニティ(GitHubで数百のフォーク、国際貢献者多数)や実績(20年以上稼働、サイバー攻撃耐性を実証)を考慮しても、国際標準級のオープンソースプロジェクトとして機能していると言えます。 本協議会としては、日本の電子政府でもX-Roadを採用して欲しいという希望がありますが、一方で日本の電子政府からX-Roadのような国際標準級のオープンソースプロジェクトが誕生することにも期待しています。日本に対しては、次の3点を提言します。 1. OSSかどうかより、「国家資産として原則公開する」という法的整理が先 2. 政府公式の一次保管庫(self-hosted)とGitHubを役割分担すべき 3. 公開できない場合でも、政府内部再利用を法的に担保すべき
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11月 2025
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一般社団法人 日本・エストニアEUデジタルソサエティ推進協議会
Japan & Estonia EU Association for Digital Society ( 略称 JEEADiS : ジェアディス)
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